高校教師 〜 so much love for you 〜



授業中の校内ってのは、やっぱ静かなもんだよなぁ。
しかも校舎の裏側となれば尚更だ。
グラウンドからかすかに聞こえてくる歓声を耳にしながら、青い空に向かって煙を吐く。
溜息の代わりに空中に霧散する煙をぼんやりと眺めてはいるものの、それに何かしらの意味を見出せるわけでもねェ。
脳裏を占めるのは、さっき目にしたばかりの光景。授業中に生徒二人がこそこそと楽しそうに喋るなんていう、ありがちな光景。目くじら立てるほどのもんじゃねェ。普通なら。
見過ごせなかったのは、喋っていたのがと隣の席の男だったらだ。
それにイラついた挙句、授業中にいきなり自習を言い付けてこんなところでサボってんだから、俺も大概ガキだよなぁ。
わかってるからこそ、余計に苛立ちも増すってモンで。
でもよォ。自分の彼女が他の男と楽しそうに話してたら、誰だってイラつかね?
特に俺たちの場合、教師と生徒の関係だとか年の差だとか、そんな問題もあるからな。イヤ、俺にとってはどうでもいい問題なんだけどな。が気にするって言うか。
……やっぱは、同年代の男の方がいいんかね。
いっそ余裕無く、みっともなくに縋りつけたら楽なのかもしんねェけど。
それをやるには、薹が立ち過ぎてんだよな、俺は。
結局、ここで燻ってるしかねェってわけだ。
やることも無ェし、寝るか。
寝るなら保健室がいいんだけどよ。サボってんのが他のヤツらにバレるのもまずいし、屋上でも行くか。
銜えてた煙草を足元に捨てると、そのまま踏み潰して火を消す。
もたれてた校舎の壁から身を起こして、目指すは屋上。ここからの最短ルートはどれだっけ?
とりあえずは校舎内に入ることが先決だと足を踏み出したのと、背後で窓が開く音が聞こえたのと。それはほぼ同時で。
 
「銀ちゃん、見つけた!」
 
一拍遅れて耳に届いたその声に、俺の心臓が跳ね上がる。
少しばかり息を弾ませた声に振り向けば、やっぱりと言うか、が窓の枠に手をかけて―――ちょっと待て。
 
「イヤ、お前なにしてんの?」
「そっちに行くだけだよ―――きゃっ!!?」
っ!!」
 
ああ、クソ。窓から外に出ようとするなんて、お前はどこの悪ガキだよ。
銀サンはそんな子にお前を育てた覚えはねーよ。
手を滑らせて頭から落ちるを、危ういところでキャッチできたものの、おかげで尻餅ついちまったじゃねーか。
オイオイ。大事な腰がどうにかなっちゃったらどうすりゃいいんだよ。
 
「銀ちゃ……先生っ! 大丈夫!!?」
 
……どうにかなったら、が責任とって一生面倒みてくれんのかな。それはそれでいいようなイヤでもやっぱよくねェような。
を身体の上からどかして、ついでに頭を軽く小突いてやると、「ごめんなさい」とうな垂れる。
その素直さと可愛さに免じて許してしまう俺も俺で、相当甘ェんだろうな。
 
「で、。授業は?」
「自習だよ?」
「んじゃ、自習は?」
「……サボっちゃった?」
 
なんでそこで疑問形? それって俺に聞くことか?
まぁ、授業中のはずのこの時間にこんな場所にいるってことは、間違いなくサボりだろ。
それを指摘してやると、は困ったように笑う。
真っ先にサボりを決め込んだ俺が叱る筋合いも無ェし、それ以上は言わねーことにする。
けどにも言い分はあったらしい。
 
「だって……先生、なんか変だったんだもん……」
「あ?」
「よくわかんないけど、でも……でも、なんか変な感じして、心配で、それで……」
 
探しに来ちゃった、とやっぱりは困ったように笑う。
本来ならは、どんなつまらねェ授業だろうとサボったりしねェ、真面目な生徒のはずだ。
昔からの性格が変わってなければ、まず間違いねェ。
そんなが、いくら心配だったからとは言え、教室を抜け出してまで俺を探しにくるなんざ。しかも、息を切らせてまで。
……なんかバカみてェじゃん、俺。はこれだけ俺のこと想ってくれてるってのに、肝心の俺はつまらねェことで嫉妬して、こんなところで不貞腐れてるなんて。
 
「カッコ悪ィったらねーな、オイ」
「? 先生?」
「イヤ、こっちの話」
 
たとえ今のの想いが、「昔大好きだったお兄ちゃん」の延長線上にあったとしても。恋に恋する恋愛ごっこだったとしても。
そんなものは、今からどうとでも変えられるモンだろーし。
何より、が俺のことを心配してくれることに違いは無ェ。
それで十分だろ。今はそれで我慢しとけよ、俺も。
……なんて殊勝なことが脳裏を過ぎったのは、ほんの一瞬。
 
、ちょっと慰めてくんね?」
「え? やっぱり何かあったの?」
「ちょっとヘコんでただけだよ。ま、いいからさ」
 
手招きすると、素直に寄ってくる。
このあたりの素直さってか無防備さが問題なんだけどな。
俺に対しては無防備でいいんだけどね。他の男に対して無防備に笑いかけたりするのはいただけねェよ。
が寄ってくるのももどかしくその手を引くと、あっさりと腕の中に収まるの身体。
物問いたげに見上げてくるその瞳には、不信感なんざ欠片も映ってねェ。
だからさ。そんなに無防備だとさ。手ェ出したくなるワケだ。
俺はもちろん、他の男だって。
見上げてくるに笑いかけると、予告も無く口付ける。
それは触れるだけの、他愛の無いキス。
 
「これだけでいいの?」
「イヤ、もうちょい。な?」
 
問いかけてくるに、もう一度笑いかけて。
無防備に見つめてくるその口を塞ぐ。
我慢なんか、俺のガラじゃねェよ。
第一、呑気にしてる間にを他の男に取られたりしたら、笑い話にもならねェじゃねーか。
嫉妬する暇があるなら、その前にしっかり掴まえて自分のモノにしろってか。
口付けて、うっすらと開いていた口唇から舌を差し入れる。
驚いて逃げようとするの身体は、しっかりと押さえつけて。
その舌に触れればぴくりと跳ねる肩に、宥めるように背中を撫でてやる。
気付けば俺に身を委ねきっているの口内は、どこか甘ったるい。
初めてでもねェくせに酔い痴れそうなのは、きっとが相手だからだ。
存分に味わってから口唇を解放してやると、軽く酸欠状態にでもなったのか、がぽてんと倒れこんできた。
その肩は小さくても、それでも昔よりは大きくて。
も成長してんだな、ってのがよくわかる。
イヤ、成長してっから、こんなこともできるんだけどな。昔のままのじゃ、犯罪者になるじゃん、俺。
と言っても、凭れてくるの頭を思わず撫でちまうあたり、昔っからのクセってのは抜けねェもんだけどな。
 
「……銀ちゃん」
「ん?」
「もう大丈夫? ヘコんでない?」
「あァ。のおかげでな」
「よかった……ね、銀ちゃん」
「どうした?」
「大好き」
 
だから今だけ先生じゃなくて銀ちゃんって呼ばせてね、と擽ったげに言う
そのたった一言で気分が浮上するんだから、俺は相当に参ってんだろう。

授業を抜け出してまで俺を探しに来た、その行動と。
そして何より「大好き」という、その言葉と。
言動二つが揃えば、結構自惚れちまってもいいんじゃね?

の言動に完全に振り回されてるのは自覚してっけど。
最終的にこんな甘ったるい雰囲気になれるなら、別に構わねェかもな。
なんて事は結果論だってのは、重々承知の上。
現金な自分に胸中で苦笑しながら、を上向かせてもう一度口付ける。
 
まァでも、今度はを振り回してもみてェけどな?



<終>



頭撫でられたかっただけです(何)
つか、なんで一人称で書いてるんだろうと、疑問で仕方がない今日この頃。絶対に自分の首絞める行為だよ、これ。
ヒロイン視点の一人称は楽なんですが。