高校教師 〜数学にあって、恋愛にはないもの〜



結局、来ちゃった。
私がいるのは、銀ちゃんのマンション。
5時間目の終了のチャイムを聞いて、屋上を出ようとした私に、銀ちゃんが部屋の鍵を渡してきて。
「お楽しみは夜にな?」って、変な期待しないでほしい。
私は単に、数学を教えてもらいたいだけなんだから!
でもそれなら、神楽ちゃんにノート見せてもらえばよかっただけなんじゃ?
冷静な私がそう言うけれど、それでも私はここに来ちゃった。
……どうしてだろう。
 
「ああ、そっか! 銀ちゃんに栄養あるご飯を作ってあげなくちゃ!」
 
昔、引っ越す前に隣に住んでたお兄ちゃん、つまり銀ちゃんが教師になってて、しかも私の担任なんだよ、って。
それをお母さんに話せば、懐かしがったお母さん、銀ちゃんのおばさんと連絡をとって。
私もちょっと電話に出たことがあったけど、その時に言われたんだ。
「面倒がってまともな食事を作っていないだろうから、何か栄養あるもの食べさせてやって」って。
事実、銀ちゃんの食生活は―――というか冷蔵庫の中身は、まともなものが無い。
お酒やジュース、お菓子なんかの甘い物ばかりが充実して、肝心要の野菜は申し訳程度。
いつものことだけど。仕方ない。何か買ってこようか。
お母さんに電話して、今日は銀ちゃんにお夕飯を作ってあげると言えば、あっさり了承。
私と銀ちゃんが恋人同士だなんて話してないのに……やっぱり、教師って肩書きのせいなのかな。
 
 
 
 
 
 
ー。セックスしよ―――イエ、ナンデモナイデス」
 
帰ってくるなり、何を言ってるんだか。
ああ……昔はこう、なんて言うか。優しくてかっこよくて憧れの、そんなお兄ちゃんだったのに。
まさか、こんなセクハラ教師になっちゃうなんて……
包丁を握り締めたまま睨みつけると、どういうわけだか銀ちゃんは溜息をついた。
溜息つきたいのは私の方なのに。
でも何となく悔しいから、溜息はつかない。
 
銀ちゃんの部屋には、食卓なんてものはない。
炬燵テーブルの上に、私はお夕飯を並べていく。
今日のメニューは、ご飯にお味噌汁。唐揚げとサラダ。
この程度のものしか作れないけど、それでも銀ちゃんが自炊するよりは絶対にマシなはず!
だって、野菜があるんだから!
 
。デザートは?」
「銀ちゃんのおばさんがね。
 血糖値下がらない限り、お見合いもさせられないって嘆いてたから」
「んじゃ、血糖値上げねーとな。絶好調に上昇させねーと」
 
何ソレ。
 
「ん? だって嫌だろ? 俺がその辺の女と見合いなんかすんの」
 
それは……嫌だけど。
仮にも恋人なんだから。
 
「だから、デザート。それとも、自分がデザートになるか? むしろそっちの方向でも俺は」
「数学教えてくれたら、アイス出すね。アイスを。アイスだけね。それ以外には何も無いよ?」
 
舌打ちした銀ちゃんには、気付かない振り。
だから、どうして銀ちゃんはいつもいつもこう……
昔のかっこいいお兄ちゃんはどこに行ってしまったの!!? なんてオーバーリアクションで叫んでみたい気分。
実際にはやらないけど。恥ずかしいから。
代わりに、食べ終わった食器を流し台へと運ぶ。
そして銀ちゃんも、何も言わずに他の食器を運んでくれる。
こういうことを当たり前のようにやってくれる、そういう優しいところは……やっぱり、昔のまま、かなぁ……
考えながら、炬燵テーブルを布巾で一拭き。
洗い物は銀ちゃんが後で自分でやってくれるだろうから。
よし! これから数学のお勉強!
学校帰りそのままだった鞄の中から、数学の教科書とノート、筆記用具を取り出して、広げる。
 
「銀ちゃん、約束どおり、数学教えてね」
「むしろ俺は、屋上での続きがした―――
「シャーペンって、刺さったら意外に痛いと思わない?」
「え? 、Sに目覚めちゃったの? 駄目だよ、銀サンもSっぽいんだから」
 
誰がSだ、誰が。
どうして? どうして銀ちゃんの頭の中は、そういうことばっかりなの!?
そんな人が高校教師なんかやってていいの!? 問題じゃないの!!?
頭を抱えたくなりながら、それでも銀ちゃんを大人しくさせる方法を考えてみる。
でも、私にできる事なんて、たかが知れてるわけで。
それは効果絶大なんだけど。同時に、危険でもあって。って言うか、屋上で痛い目に遭ってるから。
……やっぱり、キスで釣るのはやめよう。そのまま襲われそう。
こうなったら無視だ、無視。とにかく数学に専念しちゃおう。
 
「えっと。確か今日の授業は、微積の続き……」
。諦めろ。それは人間の解く問題じゃないから」
 
……先生がそんなこと言ってどうするの。
って言うか、教えてくれるんじゃなかったの!?
だって、高校生の問題なんだから! 大学だって卒業した銀ちゃんが解けなくて、どうするの!!?
確かに私も、微積の問題は苦手だけど……その分、解けた瞬間が気持ちいいんだから!
もういいや。銀ちゃんはアテにしない。
教科書読んでたら、何とかなる……のかなぁ。わからなかったら、後で神楽ちゃんか先生に聞こうっと。
 
「なァ、? んな人生の役に立たねェ数学なんか勉強しないで、豊かな人生には大切なことを銀サンと学ぼう。な?」
「人生の役には立たなくても、大学受験には役に立つもん」
「え? なにお前、大学行くの? マジ?」
「なんで今更驚いてるの?」
「だって、お前、将来の夢は『銀ちゃんのお嫁さん』だろ? 大学行く必要無ェじゃん」
「……それ、いつ言ったっけ?」
「酷っ! 言ったじゃねーか! 4歳くらいの時に!!」
 
……銀ちゃんって、ソーローでロリコンだったんだ……
どうしよう。恋人の関係、考え直した方がいいのかな……
頭の端でそんなことを考えながら、目は数学の教科書と睨めっこ。
難しい公式は、いくら睨みつけたところで簡単になるわけもなく。
 
ー。教科書よりも俺を見てほしいんですけどー?」
「うん、ごめんね。後で」
「『後で』は教科書にしよう。銀サンを先に見よう、
「ごめんね。無理」
「昔遊んであげたお兄ちゃんを放置プレイですか。この子は」
「昔遊んでくれたお兄ちゃんは、そんな我が侭言わなかったもん」
「人間は日々メタモルフォーゼするんだよ」
「変わりすぎだけどね、銀ちゃんは。もういいよ、勝手にしてて」
「……いいのか? 勝手にしてて」
「うん」
「マジ?」
「うん」
 
だから、勉強の邪魔だけはしないでね。なんて。
どうせ一人で勉強するのなら、さっさと家に帰れば良かったのに。
それをしなかったのは、私が迂闊だったのか、それとも……
とにかく、私は数学の教科書と、一人睨めっこ。
傍で銀ちゃんがごそごそと動いてるのが視界の隅には入ったけど、気にしない。
……ここで気にしてたら、少しは何か変わってたのかなぁ。
考えてみたって、後の祭りってものだけど。 
 
―――ひゃあっ!!?」
 
ぺろり、と。
いきなり耳に感じた湿った感触に、思わず変な声を上げてしまった。
振り返れば、当たり前だけど、そこには銀ちゃん。
 
「なっ、何するのっ!!?」
「あ? 勝手にしてんだよ、勝手に。は気にしなくていーから。一生数学の教科書と見つめ合ってなさい」
 
……もしかして、拗ねてる?
不貞腐れた顔の銀ちゃんがちょっと可哀想に思えてきたけど。
でもだからって、いきなり耳を舐めてこなくても!!
まったく……暇なら、数学教えてくれたらいいのに。
もう一度、数学の教科書と向き直る。
けど、すぐ後ろにいる銀ちゃんの存在が気になって、教科書を読むどころじゃない。
それでも頑張って、意味のよくわからない公式を覚えようと、努力はしてみた。のに。
 
―――ひぁ…っ」
 
今度は、首。
濡れた感触。その部分だけ、空気を冷たく感じる。
 
「銀ちゃん! 邪魔しないでよ!!」
「んじゃ、気にすんな。今の銀サンは空気と同じなんだよ、空気。お得意の放置プレイをすればいいんだよコノヤロー」
 
……完全に拗ねてる。
いい歳して、子供みたい。どっちが年下なんだかわからないじゃない。
でも、子供はこんなこと、したりしない。
 
「……銀ちゃん。この手は何ですか」
「気にすんな」
「気になるの! って言うか邪魔なの!!」
「自意識過剰じゃねー?」
「違う! それ使い方違うから!!」
 
過剰も何も、勉強中にべたべた触られたら、おまけに胸まで触られたら、邪魔に決まってるでしょう!?
触ってくる手をぺちぺち叩いて払い除けながら、教科書を読もうとはしてみるけど。
でも、これで集中なんかできるわけがない。
……仕方ない。諦めよう。
溜息をつきたくなるのをこらえて、私は銀ちゃんに顔を向けた。
 
「あのね、銀ちゃん」
「どうした?」
「数学の勉強終わったら、何でもしてあげるから。だから、お願いだから邪魔しないでくれる?」
「……マジ?」
「マジです」
 
お母さん。ごめんなさい。
もしかしたら今夜は、帰れないかもしれません。
それもこれも銀ちゃんが……
ああでも。お母さん、私が「銀ちゃんの家に泊まる」って言ったところで、せいぜい「銀ちゃんに迷惑かけちゃ駄目よ」程度なんだろうな。
あなたが信じきってる銀ちゃんは、実は単なるセクハラ教師なんですよ。
今だって。ほら。
 
「んじゃ、後で数学見てやっから、前倒しでセック―――
「前払いは不可だからね」
「……ちっ」
 
あ、舌打ちした。
だからそういうの、先生がやる行動じゃないと思うよ?
それは確かに、先生だって人間なんだから、舌打ちしたり愚痴ったり、そういうのはあると思う。
けど。だからって。
この場合は、理由が理由だし……
なんて考えてると、銀ちゃんが私の方に寄ってきた。不自然なまでに近くに。
 
「……銀ちゃん?」
「さっさと数学終わらすぞ。で、なに? 微積だっけ?」
「ええとね。教えてくれるなら、私の前か、せめて隣に居てくれた方が」
「嫌だ。俺はここが好きなんだよ」
 
ここ。つまり、私の後ろ。
私を抱きしめるような形で座る銀ちゃんの顔が、私の顔のすぐ隣にあって、ちょっと―――かなり、恥ずかしい。
 
「で、どこがわからねーの?」
「あ、あのね、このわけわかんない式、最初から……」
「……いやあの、銀サンもなんか泣きたくなりそうなんだけど、この式。とりあえず、右辺の3乗の式、展開してみ?」
 
私の左肩に顎を乗せて。左手は教科書とノートを指し示しながら、右腕では私の身体を抱きしめて。
すぐ耳元で聞こえる銀ちゃんの声は、解き方の説明をしてるだけだって言うのに、それなのに私は胸がドキドキしてしまう。
ドキドキしながら、ただ銀ちゃんに言われるままに問題を解いていくことしかできない。
こんなの、頭の中に入るわけない。
数学よりも何よりも……今の私には、体中で感じる銀ちゃんの存在だけで、一杯一杯だから。
 
―――で、これが答えになるわけだ」
「う、うん……」
「なら、次の問題やってみろ。今のと似たようなもんだからな」
 
そう言うと銀ちゃんは、左手を戻して、両腕で私の身体を抱きしめてきた。
ぎゅう、と背中に押し付けられる、銀ちゃんの体温。
じっと私の手に向けられる、銀ちゃんの視線。
耳元に感じる、銀ちゃんの呼吸。
銀ちゃんにしては珍しく、それ以上のことは何もしてこない。
それなのに。
どうしてだか私は、胸の動悸が止まらない。頬の火照りが冷めてくれない。
ドクンドクン、と。いつもより高鳴ってる鼓動も。
頬どころか、体中が火照ってしまってるような体温も。
ぴったりくっついてきてる銀ちゃんには、全部伝わっちゃってるんだろうか。
そう思うと恥ずかしくて、余計に心臓はドキドキ、火照りも上昇。
ああ、悪循環。
それでも、言われた問題を解いて。
答えが出た瞬間、どっと疲れた気がした。
 
「……できたぁ」
「よし。じゃあ、こっち向け」
「え?」
 
思わず言われるままに首を回すと、すぐそこに銀ちゃんの顔。
当然だよね。ずっと私の肩に顎乗せてたんだから。
だけど一瞬、そんなこと忘れてて。
あまりにも近距離にある銀ちゃんの顔に、心臓が跳ね上がる。
そんな私に気付いてるのか気付いてないのか。
チュッと音を立てて、銀ちゃんがキスを一つ、してきた。
 
「銀ちゃん?」
「ご褒美だよ、ご褒美」
 
すぐ目の前にある銀ちゃんの笑顔に、私の心臓はまた跳ね上がる。
さっきから心臓が限界に挑戦してるかのような、そんな気分。
だけど同時に、嫌な予感。
銀ちゃんがこういう笑顔を見せる時は、大抵―――
 
「んじゃ、下のお口にもご褒美あげないとなー」
「ぎ、銀ちゃんっ!!?」
 
なんでそうなるの!!?
嫌な予感は、嫌になるほど的中。
止める間もなくスカートの中に忍び込んできた銀ちゃんの手が、下着の上からソコを撫で上げた。
 
「やっ……!」
「……あれ? マジ? これマジなの?」
「だ、だめっ、だめだってば銀ちゃ―――ひゃぁんっ!!」
「……何もう濡らしてんの、
 
銀ちゃんに呆れられたような気がして、私は泣きたくなる。
けど、泣くよりも先に、下着を避けて私の中に入ってきた銀ちゃんの指が、動き出す。
その指の動きに合わせて、部屋の中に響く卑猥な水音。
聞きたくない。耳を塞ぎたい。
それなのに、私の身体は、もう言うことを聞いてくれない。
 
「やぁ…っ……ぁんっ……ぁあ…っ」
「俺、さっきまで何もしてなかったはずなんだけど? なんで濡れてんの?」
「ふぁ…っ、し、知らな……はぅっ」
「なんかもう、俺に抱かれる気満々?」
「そっ、そんな…こと……っ」
って、淫乱だったんだなー」
「ぁっ、ちがっ……やっ、いやぁっ、ぁああっ!!」
 
中を滅茶苦茶にかき回されて。
身体の中、頭の中までもかき回されてるような気分になって。
感じられたのは、私の中を好き勝手に動く指と、耳元で囁かれる声。伝わる体温。
そして、一瞬で体全体を駆け巡った快感。
だけど次の瞬間には、その快感と引き換えにしたみたいに、体中から力が抜ける。
 
、また一人でイってんじゃ―――スミマセン、俺が悪かったです」
「…………へ?」
 
銀ちゃんに身体を預けたまま、顔だけ銀ちゃんに向ける。
と、どうしてだか、やけに困ったような表情の銀ちゃんの顔が、そこにはあった。
……困ってるのは私の方だと思うんだけど。
 
「イヤホント、悪いコトしました。苛めすぎました。ごめんなさい。だから許してください」
「……銀ちゃん?」
 
なんでいきなり、謝罪を連発するんだろう。
それは確かに、謝ってもらうべきことをされてはいたんだけど。
でもそれって、本当に今更のこと。このくらいのことで銀ちゃんが謝るなんて、そんなはずがない。
わけわかんない。どういうこと?
ぼんやりと銀ちゃんの顔を見てたら、不意に銀ちゃんの手が動いて―――私の頬を拭った。
 
「悪気は無かったんだよ。本当に。俺の眼を見ろ、
「死んだ魚の目みたいに濁ってる」
「イヤイヤ、どういう目で銀サンを見てるの、は」
「だって」
「これ以上ないくらいに真剣な目してるだろーが」
「そうなの?」
「泣かすつもりはなかったんだよ。ホント、マジだから、これ」
「え?」
 
泣いてたの? 私が?
もしかして、さっき泣きたくなったときから?
それとも、気が緩んだ後?
どっちにしても、私はまったく気付いてなかったのに。
そんな私に対して必死で言い訳してる銀ちゃんが……なんか、可愛いかもしれない。
けど、笑ったりしたら怒られそうだし。
何より、泣きたかったのは事実なんだから、私は銀ちゃんが一通り謝り終えるまで待つことにした。
 
「ちょっと苛めたくなったんだよ。ほら、俺ってSっ気があるみたいだし?」
「……やだ」
「悪かったよ。前言撤回。は淫乱じゃねーよ。淫乱でもいいけど」
「よくない」
 
……変態だ。変態がここにいる。
ソーローでロリコンでSっ気があって淫乱好き?
ますます考え直した方がいいような気がする恋人関係。
 
「……私、銀ちゃんのどこが好きなんだろう……」
「え? んなもの決まってるだろ。は俺のすべてが好きなんだろ。な?」
 
自分で言わないでよ、そういうこと。
 
「でも、ソーローでロリコンでSっ気があって淫乱好きなところは、好きじゃないって断言できるんだけど」
「そーだな。後ろ二つは俺に共通するが、前二つは俺には当てはまらないからな。好きじゃなくていいぞ」
 
……どうせなら、後ろ二つも否定してくれればいいのに。
否定されたところで、嘘くさいんだけどね。
自分に素直で正直なところは銀ちゃんの美点……なの? この場合も美点なの?
なんだか、美点と言いがたい美点だなぁ。これ……
 
「……私、銀ちゃんのどこが好きなのか、よくわからないのに」
「だから、俺のすべてだろ? な? 頼むから肯定しろ。な?」
「でも、銀ちゃんがここにいるだけで……ドキドキが止まらないの」
 
どうしてだかわからないけれど。
銀ちゃんが傍にいると、銀ちゃんのこと以外、何も考えられなくなるほどに、私の中は銀ちゃんで一杯。
ソーローでロリコンでSっ気があって淫乱好きだっていうのに。
それでも私は、銀ちゃんに傍に居てほしい。傍に居たい。
―――私は銀ちゃんが、好き。
心臓がドクンドクンと、今にも壊れそうなまでに鳴ってる。
銀ちゃんにも聞こえてるんじゃないかと思うと、なんだか恥ずかしくて。
私は、目を逸らして俯いた。
 
「あー……ほんと、よく鳴ってんなァ、の心臓」
「…………うん」
「俺のといい勝負だな、これは」
「…………え?」
 
思わず顔を上げると、珍しくも顔を赤くしてる銀ちゃんがいた。
けど、ゆっくり見てる間もなく、私はぎゅうと抱きしめられる。
銀ちゃんの胸に、耳を押し当てるような、そんな姿勢で。
ますますドキドキする私の心臓。
だけど。
 
―――ほんとだ」
「だろ?」
 
押し当てた耳に伝わる、銀ちゃんの心臓の音。
それは、銀ちゃん自身が言った通り、私の心臓と同じくらい早く音を刻んでる。
これってつまり、私が銀ちゃんの傍にいるだけでドキドキしちゃうのと同じで、銀ちゃんも、私がここにいるとドキドキするって。そういうこと、なのかなぁ。
もしそうなら……ちょっと、嬉しい。
私が銀ちゃんを好きなのと同じくらい、銀ちゃんも私のことを好きでいてくれる。そんな証明みたいに思えるから。
だからお返しみたいに、銀ちゃんに抱きしめられてるのと同じくらい、私もぎゅうと銀ちゃんに抱きついた。
 
「銀ちゃん」
「ん?」
「大好き」
「……サン。ここでヤっちゃってもいいですか?」
「せめてベッドに行こうよ……」
 
結局、ほんの少しやっただけで、数学は後回し。
仕方ないなぁ、本当に。
でも、今は数学なんかやる気分じゃないから。
今は……銀ちゃんが、好きで好きで。どうしようもないほどに好きで。それだけで精一杯。
私が銀ちゃんの眼鏡を外してあげれば、それが合図。
重ねられる唇。絡ませ合う舌。首に回した腕。引き寄せられる身体。
もう私は、銀ちゃんのことしか考えられないようになる。
 
 
 
 
 
 
―――ぁんっ……はぁ…っ…ぁっ……ゃあっ」
 
他には何の音も無い室内。
響くのは、私があげるはしたない声と、ベッドが軋む音。
だからこそ余計に響く気がする私の声は、恥ずかしくてたまらないのだけれど。
でも、それ以上に私は、銀ちゃんの手に、口に、何もかもに翻弄されてる。
頭の先から足の先まで。
触れられてないところが無いくらい、触れられて。口付けられて。
 
―――
 
私の名前を呼ぶその声にすら、快感が体中を駆け巡る。
溶けてしまいそうに、熱い身体。
とっくに溶けてしまってる、思考能力。
ただ銀ちゃんを感じたくて。それしか考えられなくて。
銀ちゃんにしがみつけば、笑いながら優しいキスをくれる。優しい、触れるだけのキスを。
だけど、それじゃ足りない。
私は自分から銀ちゃんの頭を引き寄せて、口付ける。
深く深く。それだけで銀ちゃんと一つになれるような、そんな錯覚すら覚える、そんなキス。
唇を離せば、名残を惜しむかのような銀の糸。銀ちゃんの髪の色と同じ。ただそれだけのことで、目眩を起こしそう。
だけど、目眩を起こすのはまだ先。これから。
今のキスだって、合図だったから。
銀ちゃんが欲しい、一つになりたい、って。
口に出せない言葉は、銀ちゃんにも伝わってる。だっていつものことだから。
だから銀ちゃんも、口には出さないで、代わりにキスをくれた。
 
「力、抜いとけよ」
「うん……ぁっ、ゃっ……はぁ…ぁんっ!!」
 
私の中に、銀ちゃんが入ってくる。
それだけで、なんだか満ち足りた気分。
だけどそれは数瞬のこと。貪欲な心が、もっともっとと、銀ちゃんを欲しがってる。
そんな私の思いが通じたみたいに、銀ちゃんが動き始めた。
最初はゆっくりと。次第に速くなっていく、その動き。
同時に、銀ちゃんが、銀ちゃんに与えられた快楽が、私の身体を支配していく。
それすらも、快感。
 
「ゃぁ…っ、ぁあっ、はぁ…っ、ぁあんっ……ゃんっ…銀ちゃん…っ!!」
………っ!!」
 
銀ちゃんに名前を呼ばれた次の瞬間、襲ってきたこれ以上無いほどの快楽。
呑まれるまま、私は銀ちゃんの腕の中で意識が飛んでいくのを感じた。
 
 
 
 
 
 
―――いや、迷惑じゃないですから。ほんと。
 んじゃ、の面倒は俺が責任持って―――あ、はい。そのうちにでも」
 
銀ちゃんの声がする……
重たい目蓋を開けると、銀ちゃんが携帯電話を切るのがちょうど目に入った。
私の名前が出てたことからすると、電話してた相手は……お母さん、かなぁ。
 
「銀ちゃん…?」
「ん? 、目覚めたか?」
 
起き上がろうかとも思ったけど、何も着てない状態だったし、服も手が届かない場所にあるから、諦める。
ベッドの中に潜り込んだまま、顔だけ銀ちゃんに向けた。
 
「今の、お母さん?」
「まーな。あ、。今日はお前、疲れて俺の部屋で寝ちまったって設定だからな」
「お母さん、なんて?」
のことよろしく頼むってさ。俺、信用されまくり?」
「……されまくりだね」
 
もうちょっと心配しようよ、お母さん。
年頃の娘が、男の部屋に泊まるんだよ? 普通、心配するでしょう?
いいのかなぁ。そんな親……
だけど、親の心配より、自分の心配。
いつまでも裸のままじゃあ、風邪ひきそう。
 
「ねぇ、銀ちゃん。服取って」
「は? なんで」
「だって寒いし。数学の続きだってあるし」
「あー。ナルホドね」
 
頷いて、私の服を手に取る銀ちゃん。
そのまま素直に持ってきてくれるものだと思ってたら……どういうわけか、部屋の隅にまとめて放置されてしまった。
 
「……何してるの?」
「イヤ。邪魔だから」
「邪魔じゃない。返してよ。これから数学やらなきゃ」
「終わっただろ、数学の勉強は」
 
……ちっとも終わってない。
だって、まだ少ししかやってない。
それに考えてみれば、他にも宿題とか明日の予習とか、やるべきことはたくさんあるわけで。
だけど銀ちゃんは、私の話なんかちっとも聞いてくれなかった。
 
「それに、寒い時は人肌で暖めあうのが基本だろ?」
「でもそれって、緊急事態の場合で」
が寒いって言うなら、俺にとってはいつでも緊急事態なんだよ」
「私にとっては緊急事態じゃない―――っ!!?」
 
反論しようとしたところで、寄ってきた銀ちゃんに口を塞がれてしまった。
もちろん、キスで。
布団を剥がされた肌寒さに身震いすると、ぎゅうと抱きしめられる。
確かに銀ちゃんに抱きしめられると暖かいし、嫌いじゃないけど……でも。
 
「……今さっき、やったばかりでしょう?」
「昼の続きはな。コレは今夜の分なんだよ」
 
何ソレ。
呆れる私に、また唇が降りてくる。
それを受けながら、ぼんやりと考える。
私は一体、銀ちゃんのどこが好きなんだろう。
さっきから考えてる、答えの出ない問い。
 
「なに考えてんだ?」
「うん……私、銀ちゃんのどこが好きなんだろう、って」
「さっきも言ったろ? 全部だよ、全部。は俺の全部が好きなの」
 
俺もの全部が好きだし、なんてさらりと言っちゃう銀ちゃんは、聞いてる私の方が恥ずかしくなっちゃう。
けど、それでも嬉しい。
好きな人から好きだと言われて、嬉しくないわけがない。
くすぐったい気持ちで、今度は私から銀ちゃんにキスをする。
やっぱり、銀ちゃんの言うとおりなのかな。
私、銀ちゃんの全部が好きなのかな。
証明なんてできないけど。
でも考えてみたら、どんな理由があったって、私が銀ちゃんを好きなことに変わりはないんだよね。
恋愛に答えなんて無い、ってよく言うけど、それってこういうことなのかな。
思い至った結論に、とりあえず納得することにして。
数学とか宿題とか、仕方ないから諦めることにして。
そして私は、銀ちゃんをぎゅうと抱きしめた。
大好き、という思いを一杯に込めて。



<終>



……何この長さ……
とりあえず、「自分で1111Hitしちゃったよ馬鹿だね」記念、ってことで。
いや、記念でエロ書くなよ、私。