高校教師 〜結果がすべての世の中だけど〜



。俺が何を言いたいか、わかるよな?」
 
静かな進路指導室に、机を挟んで人影が二つ。
一つはのんびりと煙草を燻らせる一方で、もう一つの小さな影は心持ち肩を落としている。
机の上には、一枚の紙。
その紙が突きつける現実と、正面に座った相手の言葉。
逃げたところでどうしようもなく、はこくりと小さく頷いた。
言葉を発しなかったのは、せめてもの抵抗というわけでもない。ただ単純に言葉が出なかっただけだ。ショックのあまり。
の向かいに腰を下ろした銀八も、そのあたりのことは察している。だからが何も言えずとも責める気はないし、むしろどうにか取り繕ってやりたいとすら思うのだ。
だが、さすがにこれは、担任教師の特権を駆使したところでどうにかなる問題ではない。
机の上に置かれた一枚の紙。先日の校外模試の結果。
合計点数は、500点を少し上回る程度。
決して良い点数とは言えないが、問題児だらけ、バカばかりのZ組に限って言えば、それなりに良い点数であろう。
むしろは学年でもできる方だ。それは銀八もよく知っている。
それでなぜ合計点数が高くないのか。
点数の内訳を見れば一目瞭然。大抵の科目は7,8割の得点。英語などは183点と言う、銀八にしてみればありえないとしか思えない点数を、はいとも容易く取っている。
だが。
たった一つ。
 
―――いくら何でもこの点数は、無ェよなァ……」
 
思わず漏らしてしまうほどの点数。
更にが落ち込むとわかっていながら、それでも口に出さずにはいられなかった点数。
校外模試の結果表は、何の遠慮もなく、冷淡に結果を無言で告げてくる。
 
国語 45点。ちなみに200点満点。
 
一体この国語と英語の落差は何なのかと、正直問い詰めたい気にもなる。
苦手科目なのかもしれないが、それにしたところで度を越している。
さすがパソコンと携帯に慣れた現代っ子とでも言うべきか、漢字の書き取りは全滅。ついでに漢文も全滅。古典も酷い有様。
現代文が辛うじて点数を稼いではいるものの、模試の結果表に書かれたコメントは「深読みをしないようにしましょう」との言葉。
に言わせれば「そんなの、してないよ!」とのことだが、そうなるとの感性が問題だということになってこないか。
しかしそれらはどうでもいい話だ。
要するに銀八は面白くないだけなのだ。
よりにもよって、自分が教えている国語だけがこの点数という事実が、すこぶる面白くないだけなのだ。
大袈裟に溜息をついてみせれば、の肩がびくりと跳ねる。怒られると覚悟しているのか、銀八の一挙一動に反応するが可愛くないわけではない。むしろ可愛くてたまらない。
だからこそ―――時にはイジめてみたいという衝動に駆られることも、あるわけで。
 
。今度の期末試験、頼むから国語は70点取ってくれね? 俺の立場無くなるから」
「……そ、それって、現代文と古典と合わせて、ってことだよね……?」
 
おずおずと顔を上げて尋ねるの顔には、期待がありありと浮かんでいる。
出題範囲の限られている期末試験ならば、どうにかなると。そう踏んでいるのだろう。
しかしそうは問屋が卸さない。
にやりと浮かべられた銀八の笑みに、が悪い予感を覚える間もなかった。
 
「現代文も古典も、それぞれ70点に決まってんだろ?」
 
期待が絶望へと変わる瞬間。
そんなの表情も可愛いモノだと思ってしまうあたり、性格が悪いという自覚は銀八にもある。
そしてこれが、拗ねて八つ当たりをしているに等しい言動だという自覚も。
とはいえ、これは多少なりとものためではあるのだが。
 
「と、取れなかったら……?」
「そりゃあやる事は一つだろ。お仕置きだよ、お仕置き」
 
けれどもこちらは、完全に銀八の趣味。
にたりと笑う銀八に、の脳裏を過ぎったのはどんな「お仕置き」だったのか。
青ざめるに「まぁ精々頑張れや」と銀八は他人事のように声をかけた。
 
 
 
 
 
 
そしてそれから一ヵ月後。
場所は同じく進路指導室。
傾いた太陽が室内をオレンジ色に染め上げる中、机を挟んで座る人影が二つ。
その様は、一ヶ月前とまるで同じ。
一つはタバコを燻らせ、もう一つはがっくりと肩を落とす。
机の上には、二枚の紙―――答案用紙が並べられていた。
一面、赤でチェックを入れられたその用紙。そして隅に書かれた「67」と「63」の数字。
 
「……が、頑張ったんだよ、私……」
 
震える声が、小さいながらも銀八の耳に届く。
まぁ、頑張ったのだろう。
45点が130点に上がったのだ。学年平均も軽くクリアしている。普通ならばは誇ってもいいし、銀八は手放しで褒め称えるところだ。
だが今回ばかりは、状況が普通ではないのだ。
言い渡したのは現代文・古典ともに70点。
問答無用で「70点取れ」なんて理不尽な、とはも思ったのだろう。
それでも、国語の点数だけがここまで酷いのでは、教師として担任として、言わずにはおれなかったのだ。
何となくもそれを察したのだろう。悪いと思ったのか、いつも以上に試験勉強を頑張っていたし、それは銀八も知っている。
結果は、出たと言えば十分に出た。
ただし、国語のために試験勉強を放棄したという英語は、何故かしっかりと8割取っているのだ。これが何とはなしに銀八は気に入らない。ついうっかり「はそんなに英語のセンセが好きですかコノヤロー」と呟くと、はますます申し訳無さそうにしゅんと項垂れてしまった。
俯き、膝の上に置いた手をぎゅっと握り締めるは、怯えているようにも見えて。
銀八は頭を掻きながら口を開いた。
 
。ちょっとこっち来い」
 
けれどもは、ぴくりと肩を震わせただけで、動こうとはしない。
動きたくないのか、動きたくても身体が動かないのか。
後者だとしたら、またえらく怖がられたものだ。
思わず苦笑を浮かべ、「聞こえなかったか?」とを促す。
言われてようやく腰を上げたは、まるで死刑宣告を受けた受刑者のように、のろのろと銀八へと歩み寄ってくる。
どうやらは、なかなかに思いつめてしまうタチだったらしい。
今にも泣きそうな顔を見せられては、なけなしの良心も疼くというもの。
寄ってきたその腕を取ると、が抵抗する間もなく膝の上へと引き寄せる。
間近に迫る顔。目を合わせようとしない
腕の中に収めてしまえば、その身体が震えているのが伝わってきて。さすがにイジめすぎたかと銀八は反省する。
とは言え、まだ何もしていないのだが。
逸らされた目を強引にこちらに向けさせれば、うっすらと浮かんでいる涙。
―――結局これには勝てないのだ。昔から。
胸中でついた溜息を他所に、銀八はの瞳を覗き込み。
 
バチン、とでこピンを一発くれてやった。
 
「…………え?」
「はァい、お仕置き終了」
 
何をされたのか。
いまいちわかっていないのか、目を瞬かせているに苦笑してみせると、銀八はくしゃくしゃとその頭を撫でてやる。
 
「確かに頑張ったもんな、も。
 ―――それとも何? エッチなお仕置き期待しちゃってた? いやん、ちゃんってば大胆―――
「そ、そんなのしてないもん、バカ!!」
 
真っ赤になって反論するのその顔からは、すっかり涙が消え。いつもの表情が戻っている。
安堵の溜息は、やはり胸中に留め。
その代わりというわけでもないが、未だ「バカバカ!」と言い続けるを抱く腕に力を込める。
 
「? 先生?」
 
不審に思ったのか、が視線を向けてくる。
しかし、まさか言えるはずもない―――に泣かれずに済んで安堵した、などとは。
自分でイジめておいて何だが、昔からそうなのだ。に泣かれてしまっては、何をどうしてよいのやらわからなくなってしまう。
年下の少女に振り回されること自体は吝かではないのだが、それを当の本人に知られてしまうのは気恥ずかしい。というよりも、大人の余裕がまるで無いと笑われかねない。
誤魔化すかのように「なんでもねーよ」と否定すると、いいコトを思いついたと銀八はにやりと笑う。
 
「けど、後で俺の部屋で個人授業な? テスト直しと特別補習と」
「え、ええ!? 聞いてないよ、そんなの!!」
「そりゃ言ってねェからなァ。で、それが終わったら」
 
「後は大人の時間ってヤツだよ」と耳元で囁くと、途端には耳まで赤くなる。先程とは別の意味で。
反論の声が聞かれないということは、も了承したということだろう。
実に勝手な解釈をして、銀八は満足気な笑みを浮かべる。
意趣返し。せめてこの程度、自分がのことを振り回しても構わないに違いない。
からは見えないところで苦笑を漏らした銀八は、すぐさま思考を切り替える。
さしあたって考えるべきは、今夜。お楽しみの時間の事である―――



<終>



「10万HIT記念企画 こっそりリク」で。
瀬奈様から「高校教師しりーず。で定期テストのお話。〜点取らなかったら〜」というリクでした。
高校時代なんて記憶の彼方なので、テストがどんな形式だったのか覚えておりません。ヤバイ。
矛盾点あってもスルーしてください。すみません。ちょっ、本当に大昔なんで。高校時代は。
それはそれとして。
先生Sモードにしようと思ってたのに、結局甘やかしモードです。
なんかね。可愛い女子高生はイジメてはいけないですよ。うん。だって可愛いから(どういう理由だ)