寒い寒い、冬の満天の星空の下。
キレイだと思うけど、ゆっくりと眺めてる余裕なんて今の私には無い。
電車を降りる時に確認した時間は、結構ぎりぎり。
もちろん、ちょっと時間に遅れただけで怒るような銀ちゃんじゃないってことはわかってるんだけど。
それでも今日は。今日だけは。
少しでも、一分でも長く、銀ちゃんと一緒にいたいから。
息を切らして、暗くなった道を駆けていく。
こんなことなら、神楽ちゃんたちとのクリスマスパーティー、もうちょっと早く抜ければ良かったな。なんて、今更言っても仕方がないけれど。
考えているうちに、見慣れたマンションの前に到着。
腕時計を確認すると、約束の時間一分前。うん、ちょうどいい感じ。
エントランスに入って深呼吸。息切らして銀ちゃんの前に出るのって、なんか恥ずかしいし。私ばかり、今日をものすごい楽しみにしてるみたいで。
それでもドキドキは止まらなくて。
だけどやっぱり楽しみで。
 
初めて二人きりで過ごす、クリスマスだから。
 
きっと、今までで一番特別な日になる。そんな予感―――
 
 
 
 
高校教師 〜Happy Merry X'mas!〜



 
ちゃん、こんばんは」
「あ。こ、こんばんは……」
 
声をかけてきたのは、もう顔馴染みになっちゃったマンションの管理人さん。
もしかして、今の深呼吸も見られちゃったのかな……
そう思うと恥ずかしくて、そそくさとエレベーターに乗ろうとしたんだけど。
「ちょっと待って」と呼び止められてしまった。
 
「ハイ、これ。坂田さんからの預かり物。これ持って来てくれって」
「銀ちゃんが?」
 
手渡されたのは、手のひらに乗るくらいの小さな箱。真っ赤なリボンがかけられてて、いかにもプレゼントっていう感じ。
とりあえず管理人さんにお礼を言って受け取ると、歩きながらその箱を眺めてみる。
上から、下から、横から。
どこからどう見ても、それ以上でもそれ以下でもない、何の変哲も無い箱。
……何なんだろう、これ。
どうして管理人さんから貰う必要があったんだろう。銀ちゃんからの預かり物って。
首を傾げながら、エレベーターに乗って。
他には誰も乗ってないのをいいことに、もう一度ゆっくり箱を眺めてみたけれど、やっぱり箱は普通の箱で。
ますます、ワケがわかんない。
でも、銀ちゃんに会えばわかるよね。
エレベーターを降りて、廊下を進んで。とうとう来ちゃった、銀ちゃんの部屋。
いつも来てるはずなのに、今日に限ってはドキドキが止まらない。
片手に箱を持ったまま、ドアの横のインターホンを鳴らす。
部屋の中に高い音が響くのが聞こえて、いつも通りタバコを銜えた銀ちゃんが出てくる―――と思ったのに。
いつまでたっても、ドアの向こうは静かなまま。
もしかして聞こえなかったのかな、と思ってもう一回鳴らしてみたけど、やっぱり同じ。
試しにドアノブを回してみたけど、鍵がかかってて。
 
「……どういう、こと?」
 
腕時計を見てみると、約束の時間をちょっと過ぎたくらい。
いつもだったら、ちょっと遅れただけでも携帯に電話くれるくらいなのに……あ、携帯!
こういう時に使うものだよね、携帯って。
鞄から出して、銀ちゃんへとかけてみる。
だけど答えはあっさり、「電源を切っているか、電波の届かないところにいます」なんて、冷たいメッセージ。
どうしたんだろう、銀ちゃん。
もしかしたら、ちょっとだけお買物とかに、出かけてるのかな。
何かあって遅くなっちゃってるのかもしれないし。
……そう、だよね。うん。きっと、そう。
みんなは銀ちゃんのこと、チャランポランだとかヤル気も何も無いとか言うし、確かにその通りだとは私も思うけど。
でも、嘘ついたり約束破ったりは、しないもん。
だから、待ってみよう。銀ちゃんのこと。
ドアに凭れて、溜息ひとつ。
吐いた息が白くて、やっぱり廊下は寒いんだな、って思う。
どこに行っちゃったのかわからないけど、早く銀ちゃん帰ってきてくれないかなぁ。
風邪ひいちゃったら銀ちゃんのせいだよ。
ドキドキしながらここまで来たのに。
部屋に来てほしいって銀ちゃんが言ったから、みんなとのパーティー抜けて来たのに。
胸の内で文句を言いながら、どれくらい待ってたんだろう。
だけど、どれだけ待っても、銀ちゃんはちっとも帰ってきてくれない。
……もしかして、急に出かける用事ができちゃったとか?
それでプレゼント渡せないから、管理人さんに預けたとか?
でもそれなら、電話かメールで一言くらい、くれるよね。普通は。
いくら銀ちゃんが、普通とはちょっと違ってても。管理人さんにプレゼント預けるなんて気を回せるくらいなら、連絡の一つや二つ、くれると思うし。
だけど。
何だか胸が苦しい理由は、そんな事じゃなくて。
 
「銀ちゃんの、ばか……」
 
急用ができたなら、仕方ないよ。
連絡くれる暇も無かったのかもしれないって、そう思うことだってできるよ。
だけど。
もしこれがクリスマスプレゼントだったら……ちゃんと、銀ちゃんから貰いたかったのに。銀ちゃんの手で直接、渡してほしかったのに。
銀ちゃんの、バカ。
もう帰っちゃおうかな、なんて思うけど、もうちょっとだけ、って思う自分もいて。結局待ちぼうけ。
廊下で待ってても、見るものもすることもないし、手持ち無沙汰。
だから何となく。何となくだったんだけど。
管理人さんから貰った小さな箱。その箱にかけられた赤いリボン。それを弄ってたら、いつの間にかリボンが解けてしまった。
 
「あ……」
 
どうしよう。
結び直そうかとも思ったけど、どうせだから中を見たいとも思っちゃう。
だって。他に何もすることがないから。
……いいよね? 別に中見ちゃっても、いいよね?
銀ちゃんが悪いんだよ。帰ってきてくれないから。廊下は寒いんだから。つまんないんだから。
散々文句を言って、悴んだ手でリボンを取り払っちゃうと、箱の蓋を開ける。
箱の中から出てきたのは、臙脂色の布。何かを包み込むように折り畳まれてるその布を開くと、そこから出てきたのは―――
 
「……鍵?」
 
臙脂色に映える、銀色の鍵。
なんの鍵だろ。
自転車の鍵とかじゃない。もっと大きな、だけどどこか見慣れた大きさ。
でも私が見慣れてる鍵なんて、自転車の鍵とか家の鍵くらいで―――
……まさか。
今まで凭れてたドアに向き直ると、当然、ドアノブと鍵穴がある。
そういえば、管理人さんは何て言ってた?
銀ちゃんからの預かり物だってことと……「これ持って来てくれ」って。
「来てくれ」って、それは銀ちゃんが部屋で待ってるから言う台詞―――
半信半疑だけど。それでも、震える手で鍵を持って、その鍵穴へとゆっくり入れてみた。
何の抵抗もなく、すんなりと入った鍵。
ドキドキし始める、私の心臓。
ゆっくりと鍵を回すと、ますますドキドキが止まらなくて。
ガチャッと。
鍵が開いたその音に、私の心臓は跳ね上がる。
その鍵を抜いて。
ノブを回して。
ドアを引いて。
ゆっくりと開くドア。
どういうことなのか、ちっともわからないけど。それでも体中が心臓になったみたいに、うるさいくらいにドキドキして―――
 
―――〜〜っ!!!」
「きゃぁああっ!!!?」
 
ドアを開ききるよりも先に、中から飛び出してこられて、抱きつかれて。
心臓がドキドキしっぱなしだったから、余計に驚いて、思わず大きな悲鳴をあげちゃったけど。
だけどそんなことお構い無しに、ぎゅうっと抱きしめられちゃってる。
おかげで手に持ってた鍵が音を立てて廊下に落ちちゃったけど、拾うこともできない。
拾おうと思う余裕だって、無い。
だって。だって、これ……
 
「銀ちゃん!!?」
「そーだよ。の愛しい愛しい銀サンだよ! って言うか、今まで何をぼんやりしてたんだ!?
 銀サン待ちくたびれちゃったじゃねーか! なんでもっと早く気付かねェんだよ!!?」
「気付けるわけないよ!!」
 
無茶苦茶なこと言わないでよ!
部屋の中にいたなら、インターホン鳴らした時点で出てよ、とか。
携帯にもちゃんと出てよ、とか。
おかしいと思ったならもっと早く来てよ、とか。
大体、箱の中に鍵があるなんて普通は思わないよ、とか。
言いたいことは、たくさんあるのに。
あった、のに。
文句を言うより先に、頬にキスされて。
誤魔化された気分だけど、私は何も言えなくなっちゃう。
銀ちゃんがいてくれて。抱きしめられて。寂しくて不安な気持ちで待ってた分、泣きたくなっちゃうくらい嬉しいって思えるから。
 
「あーあ。こんなに冷えちゃってなァ。よし! 今から銀サンがお風呂に入れて温めてや」
「一人で入る」
「え、マジでか。楽しみにしてたんだけど。風呂エッチ」
「そんなのしないから!!」
 
……他に文句を言うべきことが出てきたからなのかも。
どうして銀ちゃんって、こうなんだろ。
昔はこんなんじゃなかったのに。
だけど、抱きしめてくれる腕は温かくて。それは昔とちっとも変わらなくて。
だからなのかもしれない。心地よくて、ここが自分の居場所みたいに思えて。他のことなんか、ちょっとどうでもよくなっちゃう。
だから、身体を離された時は、何となく寂しい気分。
もちろんそんなの、私の我が侭なんだっていうのはわかってるんだけど。
そんなことを考えてる間に、銀ちゃんは廊下に落ちた鍵を拾い上げると、私の手を持ち上げてその中に落とした。
 
「ほれ。これ、のだからな?」
「え? 銀ちゃんの部屋の鍵でしょ?」
 
どういう、こと?
へらりと笑ってる銀ちゃんと、手の中の鍵と。交互に見ながら頭の上に疑問符を浮かべてると、「それ、合鍵だから」って銀ちゃんが言う。
 
「合鍵? なんで?」
「……あー、もう。なんだっては、こういうコトには破滅的なまでに鈍いんだろーな?」
「に、鈍いって……!!」
「鈍い鈍い。いつまでも廊下でこんな話続けられるのが、鈍い証拠だっての」
 
どうしてそうなるの!!?
私だって、自分が鋭いとかそういう風には思わないけど。確かにちょっと鈍いかな、とは思うけど。
だからって「破滅的なまでに」なんて言い方は無いよ。
そんな反論したところで銀ちゃんには無駄だろうから、文句を言う代わりに睨みつけてみる。これも無駄だろうけど。
案の定、やっぱり無駄で。堪えるどころか銀ちゃんは、にやにや笑ってる。
私、これでもちょっと怒ってるんだよ!?
だけど銀ちゃんは、そんなことにはお構いなし。問答無用で腕を引かれて、私は部屋の中へと引き込まれてしまう。
背中で閉まったドアに鍵がかけられる音を聞いたのと、キスされたのと。どっちが先だったんだろう。
さっき頬にされたのとは全然違う。もっと深く、蕩けそうな。そんなキス。
 
―――まだわかんねェか?」
「……今のキスと、関係ある?」
「イヤ。あんまり」
「だったらわかるわけないよ!!」
 
箱の中に鍵入れられてたり、銀ちゃんの部屋の鍵なのに、私のだって言ってみたり。
ちゃんと説明してくれなくちゃ、わからないよ!
怒ってみたら、さすがに銀ちゃんも悪いと思ってくれたのか。
頭掻きながら、「あー」だとか「うー」だとか唸ってたかと思うと、ようやく説明みたいなものをしてくれた。どういうわけだか、目は逸らされてたけど。
 
「あー。その、な? 普通、家の合鍵作ったら、誰に渡す?」
「えと……家族、かな?」
「うん。そーだな。その通りだよ。だからここで悟ろうよ、! え? まだわかんねェ? 何コレ? もしかして羞恥プレイ!!?」
「何でそうなるの!?」
 
銀ちゃんが何を考えてるのか、ちっともわからないよ……
まるで説明にもなってない説明。
だけど銀ちゃんは、それ以上は何も教えてくれないつもりみたいで。
 
「じゃ、ソレ宿題な? すぐに人に聞いたりしないで、ちゃんと自分で考えろ」
「でも!」
「いーから。鍵は黙って貰ってなさい。―――つか、俺、外してね? ものすごく外してね? 俺の計画じゃ今頃は、サプライズに感極まってるはずだったんだけどなァ……」
 
外してるっていうか、わけがわかんない。
どこかよろよろとした足取りで部屋の中に入っていっちゃった銀ちゃんを追うようにして、私も慌てて部屋に上がりこむ。
鍵は、返すことはもちろん、鞄の中にしまうこともできなくて、結局手に持ったまま。
どうしよう、これ……
でも本当、どうして銀ちゃんは私に鍵なんかくれるんだろう。
……もうちょっと、私も考えてみようかなぁ。
隅っこでいじけたように座り込んでる銀ちゃんは、この際無視することにして。
部屋の中央を占拠してるコタツに入って、鍵を眺めて考えてみる。

銀ちゃんはこれ、合鍵だって言ってたけど。
合鍵っていうのは、家族にあげるものだよね?
私も、家の鍵なら持ってるし。学校から帰ってきたときに誰もいなかったら、家に入れなくなっちゃうから。
じゃあ銀ちゃんの部屋のこの鍵は?
家族っていうなら、普通はおじさんとおばさんだよね。
その二人に渡してくれ―――ってことじゃ、無いと思うし。
それだったら、管理人さん経由だなんて回りくどい方法で渡す必要なんて無いし、何より銀ちゃんは私にくれるって言ったんだし。
合鍵は家族にあげるもの。で、銀ちゃんは私にくれた。
でも私、別に銀ちゃんの家族じゃないけどなぁ……家族みたいなもの、だから?
ううん、それなら私さっき、「家族」って言ったし。そこから悟ってくれみたいなこと銀ちゃんは言ってたけど……
……もしかして、家族みたい、じゃなくて、家族になりたいって。そういう、意味……?
え? え? そ、それじゃあ、その……
ど、どうしよう! なんか顔が熱くなってきちゃった……!
 
? さっきから黙り込んじまって、どうした? 顔赤いけど、もしかして風邪でもひいたか? うわ。あんな寒いトコにずっと居ちゃなァ。やっべ―――
「ぎ、銀ちゃん!」
「は、ハイ!?」
 
急に覗き込んできた銀ちゃんにびっくりして、思わず大きな声をあげてしまう。
その声に銀ちゃんまでびっくりしちゃったみたいだけど、今の私はそれどころじゃなくて。
銀ちゃんに指摘される間でもない。自分でもわかるくらいに、顔が赤くなってる。
自分で出した答えは、恥ずかしいけど、なんだか嬉しい答えで。
あ、だめ。なんか勝手に顔がにやけちゃう。
 
「あの、ね。その……この返事、学校卒業してからで、いい、かなぁ……?」
「……は? 返事?」
 
…………………なに。この反応。
もしかして、違うの!? 違ったの!!?
何それ!
私、一生懸命考えたのに!
それは間違った答え出したのは私が悪いのかもしれないけど。
勘違いが恥ずかしくて、なんだかムカムカと腹が立ってくる。
それもこれも、最初からちゃんと説明してくれない銀ちゃんが悪いんだから!!
  
「もういいよ! お風呂入ってくる!」
「い、イヤ! ちょっと待った! 聞きたい! なんかものすごくいい予感するから今すぐ聞きたいです!! むしろこれから風呂ン中でじっくりと!!!」
「聞かなくていいし、入ってこなくていいから!!」
 
勝手知ったる銀ちゃんの部屋。慌てて立ち上がろうとする銀ちゃんを無視して、私はさっさとお風呂場へ。
中から鍵を閉めちゃえば、いくら銀ちゃんだって入ってこれない。ほっと一安心。
だけど。
……卒業後の私、なんて返事するつもりだったんだろ。
握ったまま持ってきちゃった鍵を手に、ちょっと考えてみる。
勘違いだったけど。それでも。
合鍵をくれたっていうことは、いつでも銀ちゃんの部屋に入ってこれるっていうことで。
それって……家族と同じくらい、無条件に信じてもらえちゃってる、ってこと。なのかなぁ。
不意に思いついた、二つ目の答え。
これが正しいのかどうか、銀ちゃんに聞いてみないとわからないけど。
でも、信じてもらえなかったら、合鍵なんか貰えないよね?
そう思うと、やっぱり嬉しくて。
 
―――ありがと。銀ちゃん」
 
手の中の鍵を、ぎゅっと握り締めて。
銀ちゃんには絶対に聞こえない、小さな声でそっと呟いてみた。



<終>



アップが遅れて申し訳ないです……
一体、そこまでして書くだけの内容なのか、判断に困るところですが。サブタイトルなんか投げやりだし。
ええ。まぁ、その……スミマセン。時間が無かったのは自業自得ですね。ハイ。