コトコトと鍋を煮込む音。
部屋に充満する香り。
台所を動き回る足音。
が俺のために夕飯を作ってくれている気配。
そして、出来上がりを大人しく待つ俺。
これって新婚夫婦みてェなシチュエーションじゃね? なんて浮かれる気分と同時、これでいいのかって落ち込む気分もあるわけだ。
イヤ……だってよ。初めて恋人の部屋に上がったってのに、の、なんの躊躇いも不安も期待もなく無防備な様子ってのは……どうなんだよ。
 
 
 
 
高校教師 〜恋愛調味料〜



 
「先生って、お昼ご飯があれだったなら、お夕飯はどうしてるの?」
 
キッカケは、の何気ない質問。
昼休み。
職員室でがくれた弁当(でも作ったのはおばさんらしいけどな)を食ってる隣で、が小テストの採点をしながらふと疑問に思ったみたいに聞いてきた。
そっから、どんな話の流れだったか。
侘しい食生活を大袈裟に話してやって、冗談交じりで「が作りに来てくれたら、たまにはマシなモンも食えるんだけどな?」なんて言ったら、意外にも「カレーでいいなら、作ってもいいよ?」との返事。
更に何やかんやで、今こうして俺の部屋にがいるって寸法なんだけどな。
これがどうも、落ち着かねェ。
普通ならこのシチュエーション、恋人の手料理を食べた後はシャワー浴びてベッドインとか、そういう流れだよな。
でも、明らかに何も考えてねェよ! カレー作る事しか考えてねェよ!!
イヤ。確かにカレーは食べたいよ? カレーって言うかが作ったカレーって言うかむしろの手作りだって言うなら何だって食べたいよ俺は?
だけど俺はむしろ、自身を食べたいんですけど!?
これ言っちゃったらどうなっかな。
やっぱり引かれっか? 泣かれるかもしれねーし。それはマズいよな。
 
「銀ちゃん? どうかしたの?」
 
不意に聞こえた声に視線を上げれば、が不思議そうな心配しているような困ったような、そんな複雑な顔を見せて立っていた。
手にはカレーを盛り付けた皿。
でも俺としてはやっぱり、そのカレーよりもエプロンつけた自身の方が気になってしゃーないワケで。
これ言っちゃったらどうなっかな。
せっかく作ってくれたカレーに見向きもしねェなんて、最悪「銀ちゃんなんか大キライ!」って言われたりして……あ、やべ。想像しただけで俺が泣きたくなるじゃねーか。
 
「銀ちゃん?」
……俺のこと、好きか?」
「え? う、うん……好き、だよ?」
 
よし。気分浮上。
さっきの想像は無し無し。無かったことにしよう。透明削除だ削除。消しゴムで記憶から消してしまえ。
にしてもは可愛いよなァ。
「好き」の一言だけで真っ赤になるなんて、今時いねェよ、そんなヤツ。可愛すぎじゃね? マジで可愛すぎだって。
あークソ。本当にカレーよりものこと食べてェよ。無理だけど。何この焦らしプレイ。
イヤ、は悪くねェけどな。ちっとも悪くねェけどな。
 
「銀ちゃん。福神漬けとラッキョウ、どっちがいい?」
「お、漬物まで用意してんの?」
 
じゃあ福神漬けで、と答えると、がパタパタと台所へ戻っていく。
まったく気が利いてるね、は。いい嫁さんになるよ。もちろん俺限定だけど。俺限定。間違っても他の男の嫁とかそういうオチは無しだからな。って言うか俺がそんなのさせねーし。
台所から戻ってきたが、福神漬けとお茶をテーブルの上に置く。これで夕飯の準備は完了。
……まぁ問題は、だ。
 
ってさ、家で料理とか作るのか?」
「お菓子なら……」
「カレーは?」
「……小学校の時、かな?」
 
えへ、と恥ずかしそうに笑うが無茶苦茶可愛いから、もう許す。何もかも許す。
たとえ野菜がまともに切れてなかろうが明らかに中が生であろうジャガイモのデカさが目につこうが、もう関係ねェよ!
もういい。が可愛いからいいよ。って言うか、犯罪だよ。その表情は犯罪。
判決は終身刑ってトコだな。俺の隣で終身刑。一生俺に愛を誓っちゃえばいいんだよ。俺はいつだって誓ってやるからさ。
 
「よく作れたじゃん、それで」
「だって箱に書いてあるもん。作り方」
 
あァ、そーだな。
箱には野菜の切り方まで書いてねェな、確かに。
なるほど。悪いのは不親切なカレーの箱であって、じゃねェ。断じては悪くねェ。
小学校の記憶と箱の説明書きだけで、これだけ作れりゃ上等だよ。
野菜の切り方なんて、これから覚えりゃいいわけだし? むしろ俺が教えてやるよ。手取り足取り。
……イヤ。足は取らねェか。足を取るのはもっとこう、夜の話っていうかベッドの上での話っていうかあァチクチョー今すぐ教えて仕込んで俺仕様のにって考えてる場合じゃねェだろ俺!!!
軽く頭を振ると、が期待半分不安半分の表情で見つめてくる前で手を合わせ、カレーを一口掬って口に入れた。
 
「どう? 不味くない?」
「ないない。大丈夫。美味いって」

生の野菜以外はな。
勿論、口には出さねェけど。
だって「美味い」って言えば、がすごく嬉しそうに笑うんだぜ? マズイだの何だのいえるワケねェじゃん。
が笑ってくれるなら俺は悪にでもなるし生のジャガイモだって食うよ。死にゃしねェよ、そのくらいで。多分。
……胃薬くらいは、後で飲んどくか。
しかしまァ、俺ってほんとには甘いね。チョコレートパフェ並に甘いね。昔からではあるけど。
 
「また今度、何か作りに来ていい?」
「そうだなァ……ハンバーグ食いてェかも」

ハンバーグなら、野菜の切り方関係無い……あ。玉ねぎ。
イヤイヤ、いくらなんでもみじん切りくらいは。あァ。大丈夫だろ。きっと。うん。多分。俺はを信じてるぞ。お前はやれば出来る子だ。
 
「うん! じゃあ今度、本持ってきて作るね」
 
そーだな。準備がいいのはいいことだよ。
もういいよ。たとえみじん切りに失敗しても、俺は胃薬用意して待ってっから。
は本のことより、俺のこと男として意識する用意しなさい。これ次の課題な?
って言ったって、どうせは意味わかんねェんだろーなァ。
そういうところも可愛いと言えば可愛いけどな。むしろ可愛くないところを探すのが難しいし、の場合。
それはともかく、この状況だとどうも俺、彼氏ってより、昔遊んでやったお兄ちゃんの延長線上って感じでしかねェし。
いつになったら脱却できるんだろうな、コレ。
 
「銀ちゃん、どうかした?」
「ん? イヤイヤ……」
 
俺が難しい顔になったのが気になったのか、が小首を傾げて尋ねてくる。
それに対してちょいちょいっと手招きしてやれば、は何の疑問も持たずに寄ってくる。
素直だね。感心通り越して呆れるくらいに素直すぎるよ。
もうちょっと男に対する警戒心ってものを持とうな? イヤ、やっぱ持たれても困るけど。俺に対しては。他の男に対しては防犯ブザー構えるくらいでちょうどいいんだよ。
まァそれに関しては後でじっくり諭すことにして。
 
「カレーの味のおすそ分け」
 
そう言って、寄ってきたに軽く口付ける。
たったそれだけで真っ赤になるんだから、純情って言うか可愛いって言うか。
こういうのを見せられると、もうしばらくは純真無垢で無防備なを堪能するってのもアリかもなんて思えてくるんだから、男ってのはまったく単純な生き物だよ。
真っ赤になったまま腕の中で大人しくしているからは見えない角度で、苦笑を一つ。
 
「今日はありがとな、
 
カレーの出来は別として、普段料理をしないらしいが俺のために頑張ってくれた、その事実が素直に嬉しいから。
俺はもう一度、に口付けた。



<終>



途中まで書いたものの放置してたブツ第何弾くらいでしょう……放置しすぎです、私。
ちなみにこの後、ちゃんは「お母さんがご飯作って待ってるから」と帰っていってしまいます。
だから一緒にカレー食べてないんですよ。
そこまで書くとますます先生が哀しいことになるので(笑)、書くのやめました。