高校教師 〜プラスマイナス〜
「土方くん。はい、これ!」
3年Z組の教室は朝から賑やか。ゴールデン・ウィーク明けともなれば、久々に顔を合わせる級友達でますます賑わうことは必至。
その喧騒の中、登校してきたから朝の挨拶もそこそこにラッピングされた袋を手渡され、土方は一体何なのかと訝しむ。
「旅行にでも行ってきたのかよ」
「違うよ。土方くん、5日が誕生日だったでしょ?」
休み明けになっちゃって悪いけど、とにこにこと笑う。
どうやら手渡されたのは誕生日プレゼントらしい。口を赤いリボンで結んだ白い袋。何の柄も印刷されていないその包みに、もしやが自分で包んでくれたのかと思うだけで土方の頬が緩む。
誕生日を覚えていてくれただけでも嬉しいのに、しかもこんなプレゼントまで。
それが密かに想いを寄せているからだというのだから、これで喜ばずにいつ喜べというのか。
「わ、悪ィな、わざわざ」
「うん。でね。中身、私が作ったクッキーなんだけど……今更聞くのも変だけど、嫌いじゃない?」
しかも手作り。
誕生日のプレゼントとして手作りクッキーを貰ってしまえば、色々と期待してしまうのが普通である。
不安そうに尋ねるに対し、表面上は平静を装って「嫌いじゃねェよ」と答えはしたが、実際のところこれをどう受け取ってよいのやら、土方の胸中はかなり混乱していた。
きっと相手がでなければ、その普通の状況だったろう。友達以上の感情を抱かれていると、そう判断できたに違いない。
だが、に関してはその通常の判断ができるはずもない。何せは―――
「ちゃ〜ん? 銀サン放って、なに他の男にプレゼントやっちゃってんですか〜?」
一体どこから沸いて出たのか。この時間はまだ職員室で朝礼のはずではないのか。
しかし諸々の突っ込みを入れたところでまるで無駄なのが、このZ組担任の坂田銀八なのである。
ヤル気も見えずいい加減で授業中だろうと煙草を吹かし教科書の代わりにジャンプを広げるダメ教師中のダメ教師にして、どういう訳だかの恋人。
の男の趣味の悪さを懸念しないでもなかったが、それは今気にすべき問題でもないだろう。
いつもと変わらぬユルい口調ではあるが、眼鏡の奥の両眼は油断無く土方を睨みつけている。おまけにその所有権を主張するかの如く、を後ろから抱きしめて。
何かとうるさい今の時代、セクハラだと訴えられたら一発で教師の職などお終いだろうに。
それを指摘したところで、「恋人同士のスキンシップして何が悪ィんだ」と返ってくるどころか「俺が羨ましいだけなんだろ」とにやにや笑われるだけというのは、すでに経験済みである。
もう一方の当事者であるところのは、最早慣れたのかそれとも諦めただけなのか。「だって5日、土方くんの誕生日だったんだよ?」と何でもない事のように言い返している。
その様子からするに、にしてみれば、友達への誕生日プレゼント以上の意味はそこには含まれていないのだろう。哀しいことにそれは土方にもよくわかる。
そして更に哀しいことに、銀八の今の心境も土方は手に取るようにわかってしまうのだ。
自分の恋人が他の男に手作りクッキーを誕生日プレゼントとして渡しているのだ。面白い訳がない。それどころか不愉快に決まっている。
案の定銀八は「へ〜。それで手作りしちゃうワケですか、は」などと低い声で呟いている。声音からして、これは相当不機嫌らしい。
だが、は銀八の機嫌には気付いていないのか。見上げるようにして、後ろから抱きしめてくる銀八へと顔を向けた。
「だって。銀ちゃ……先生が言ったんだもん。誕生日に欲しいのは手作りのお菓子だって」
「へ? ―――あァ、あん時のね。なんだ、アレ俺の誕生日プレゼントの話じゃなかったのか」
「先生の誕生日は10月10日じゃない。まだ先の話でしょ?」
「お。よく覚えてんじゃん、俺の誕生日。偉い偉い」
くしゃくしゃと銀八に頭を撫でられるのを、は擽ったそうに大人しく受けている。
どうやらが自分の誕生日を覚えていたという至極単純な事で銀八の機嫌はあっさりと直ってしまったらしい。実に単純単細胞。
しかし今度は土方の方が面白くない。
から誕生日プレゼントとして手作りクッキーなど貰えてしまったことは、素直に嬉しい。たとえそれが銀八の好みによる結果だったのだとしても、それは些細な問題点でしかない。
その点については妥協できるにしても、だからと言って目の前で繰り広げられる二人の世界については、不愉快極まりないことこの上ない。
もちろんにはそんなつもりはないだろう。問題は銀八だ。こちらは絶対に意図的にやっている。
ここまで警戒せずとも、今のところ土方にはをどうこうしようというつもりはまるでない。が銀八のことを好きである以上はどうにもならないではないか。
逆に言ってしまえば仮に二人が別れるようなことがあれば、さすがに土方も何かしら行動を起こすかもしれないが、それは起こりうるにしても当分先のことだろう。
そんなあるかどうかもわからない未来の話はさておき、そろそろ始業時間も迫ってきたことであるし、朝のホームルームを始めるなり何なりしてほしいものだと。
さっさと教壇へと追い払おうかと土方が考えた、その時だった。
「じゃ、せっかくだから俺からもプレゼントやるよ。とっておきのヤツ」
「え? 先生、何か用意して―――っ!!?」
にやりと笑ったその顔に嫌な予感を覚えたのは一瞬のこと。
不思議そうにするの顎をくいと持ち上げると、誰が止める間もなく銀八はへと口付けた。
その光景に、今まで騒がしかった教室内が途端に静まり返る。
生徒達が何の反応もできずにいるのを他所に、二人のキスは数秒間たっぷりと続いた。とは言えにしてみても突然の出来事に何も反応できなかったのは同じ事で、ぽかんとどこか間の抜けた表情を見せてはいたのだが。
「どーだよ。滅多に見れない俺とのキスシーンが誕生日プレゼントってのもオツなモンだろォおおっ!!!??」
「に何するネこの変態ィィィ!!!」
罵声と共に炸裂する飛び蹴り。
避ける間もなく直撃を受けた銀八に、更に馬乗りになって殴りかかっているのは、罵声の主である神楽だった。
どうやら教室内の生徒の中で真っ先に我に返ったのは神楽だったようだ。自他共に認めるの親友であり、そのを守ることを至上命題にしているといっても過言ではない神楽にとっては、銀八の存在は第一級危険物に他ならない。
それが教室の中とは言え、公衆の面前でキスなどしているのだ。これで神楽が怒らないはずがない。
発せられる悲鳴と怒号に、他の生徒達も徐々に我に返る。こうなってしまえば日常の風景とさほど変わりは無いと、それぞれの会話に戻っていく。
土方もまた我に返った一人であったのだが、当事者だったは未だ呆然としている。どうやら事の展開についていけていないようだ。
手の中にはから貰った誕生日プレゼント。視線の先には、頬を紅く染めたまま呆然と銀八に視線を送る。
プレゼントを貰えたことは嬉しいはずなのだが、素直に喜べない、どころか肩を落として溜息をついてしまうのは何故だろうか。
わかることはと言えば。
どうやら本日の朝のホームルームは行われそうにないということくらいである―――
<終>
土方さんの誕生日ネタのはずだったんですけどね。
何でしょうね、これ。わかりません。書いてる本人がわかってません。
とりあえず銀八先生書きたかったんです。先生が書きたかったんです、ハイ。
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