高校教師 〜Rapturous Blue〜



時々、ものすごく不安になるの。
それは授業中だったり、デートの最中だったり、友達との会話の中だったり。
そして、今も。
先生の膝の上に抱き上げられたまま、私は白衣を握り締めてその胸に顔を埋める。
先生はそんな私の頭を黙って撫でてくれる。
昔、甘えてばかりいた私にしてくれたみたいに優しい手付きで。それは安心できる反面、不安で堪らなくなる。
 
―――どうかしたか、?」
 
優しい声。
いつまでも押し黙ったままの私に先生が声をかけてくるけど、やっぱり私は先生の胸に顔を押し付けたまま首を横に振る。
服に染み込んだ煙草の匂いは正直に言えば好きじゃない。でもこれが先生の、銀ちゃんの匂い。
この匂いも、大人になったら気にならなくなるのかな。好きになれるのかな―――
好きになれたら、大人になれるのかな。
早く大人になりたいと思う。それで銀ちゃんに釣り合う女の子になりたい。
そうしたら、子供扱いされることも不安になることも無くなるだろうに。
銀ちゃんはもっと大人の女の人が好きなんじゃないのかな、とか。銀ちゃんは優しいから私と付き合ってくれてるだけなんじゃないのかな、とか。
そんなこと考えなくていい大人に、早くなりたいのに……
 
「……銀ちゃん」
「ん?」
「銀ちゃんは、私のこと……好き?」
 
不安になるから、聞いてしまう。
こんなこと、いつもは恥ずかしくて聞けないことだけど。
今は恥ずかしさよりも、言葉が欲しくて。不安を無くしたくて。
それでも面と向かっては聞けなくて、シャツに顔を埋めたまま。だけど銀ちゃんにはちゃんと聞こえたみたいで。頭を撫でてくれる手を止めることなく、「んー……」とちょっと唸ってたけど。
 
―――好きだって言えば、それでは安心できるのか?」
「……」
「それなら、100万回でも言ってやっけどな?」
 
多分、頷いたら本当に100万回くらい言ってくれそうな気がする。銀ちゃんは優しいから。朝から晩まで、嫌になっちゃうくらい。
だけど……だけどそれで本当に不安が無くなるのかな。
考えれば考えるほどにわからなくなってきて。ますます不安になってきて。なんだか怖いくらいで。
 
―――そんなに心配しなくても、銀サンはのこと好きですよ?俺にはしかいねェから。パフェに誓って」
 
だから泣くんじゃねーよ、って。
言われながら頬を拭われて、初めて泣いてたことに気付く。
だけど止めようとしても止まらなくて。どうしていいのかわからなくて。すぐに泣いちゃう子供っぽい自分が、嫌になる。
 
「それとも『自身に誓って』って言われた方が嬉しかったか?」
「……それクサいよ、銀ちゃん」
「マジでか」
 
大袈裟に驚いてみせる銀ちゃんがおかしくて思わず笑うと、銀ちゃんも同じように笑ってくれた。
ちっとも止まらなかった涙は、いつの間にかすっかり止まっちゃってる。
小さい時からそう。私を泣き止ませてくれるのはいつも銀ちゃん。どうしてなんだろう。どんなに泣いてても、銀ちゃんにかかればまるで魔法みたいに私の涙は止まっちゃう。
 
「よし。泣きやんだな。じゃ、ご褒美な」
 
ご褒美? なんだろう。
不思議に思って顔を上げると、銀ちゃんと眼鏡越しじゃなく目が合って。
次に起こることを予感して目を閉じると、待つ程もなくキスされてた。予感通り。
初めは触れるだけだったキスが、いつの間にか深いものへと変わっていく。
それは、銀ちゃんが教えてくれた「大人のキス」。ついていくだけで精一杯。
だからキスが終わった時にはくたくたになっちゃうんだけど。
でも、こういうキスをしてもらえるっていうことは、私にもちょっとくらいは大人な部分があるって、銀ちゃんはそう思ってくれてるのかな。
そう思えるからこのキスは好きだし、できるならもっとしてほしいって思っちゃう。
だけどそんなこと口に出すのは恥ずかしいから、私は黙ったまま銀ちゃんの顔を見上げる。できればもう一回してほしいなって、そんな思いを込めて。
だけど銀ちゃんは不意に私から目をそらした。やっぱり迷惑なのかな。そう、思ったらまた泣きたくなって。
 
―――あーっ、たく。どんだけ俺の理性試せば気が済むの、お前って子は」
 
言われた意味がわからないまま。
気付いた時には苦しいくらいにぎゅって抱き締められてた。
驚いて、涙も引っ込んじゃうくらい。
 
「銀ちゃん?」
「わかってんの? 銀サンの理性はガラスみてェに脆いんだよ。なんかもう2、3本くらいパキポキ折れちゃってんだよ。崩壊寸前なんだよ。ほんとわかってる? わかってねーだろ絶対」
 
無意識なんだろその顔は―――って、深々と溜息をつく銀ちゃん。
よくわからないけど私のせいみたいだから謝ってみたら「イヤ、は悪くねェんだよ。これは俺の問題」って言うし。
ますますわからない―――けど、わからないなりに薄々と察するものもあるから。
 
「あーあ。いつまでもつんだか、俺の理性は」
「…………いいよ、もたなくても」
「ん?なんか言ったか?」
 
ぽつりと落とされた銀ちゃんの言葉に、私もぽつりと返事を返してみる。
私の言葉は銀ちゃんには届かなかったみたいで聞き返されたけど、私は何でもないって首を振った。
銀ちゃんに届かなくて良かったかもしれない。
だってなんだか恥ずかしい―――今日の私、さっきから恥ずかしくなることばかり口に出してる気がする。
銀ちゃんの理性がもたなくなるってことは、つまり、その―――そーゆーコトなんだと思うし。
恥ずかしいし怖いけど。でもそれって、銀ちゃんが私のことをちゃんと彼女扱いしてくれてる証拠なんだと思う。
頭撫でられて、やっぱり子供扱いされてるなって思うけど。
やっぱり急には無理かな。少しずつでもいい、でもちょっとだけ急いで、自信持って銀ちゃんの隣にいられる私になりたいな。
少し前向きになれたところで、お昼休みが終わるチャイムが鳴る。
 
「先生。もう行かないと5時間目始まっちゃうよ」
「……切替早いね、ちゃん」
 
何が、と思って見上げると、「呼び名。銀ちゃんから先生に戻ってんじゃん」って。
 
「ま、頭の切替が早いのはいいことだよ。しゃーねェから授業すっか」
「……先生。あのね……?」
 
膝の上から下ろされて立たされたのはいいんだけど……手が。しっかり繋がったまま。しかも指も絡められてて、簡単に振りほどけそうにない。
ううん、別に振りほどきたいわけじゃないんだけど。でもここ、学校だし。誰かに見られちゃったら……
でもそう言っても先生は無視したまま私の手を引いてく。
 
「先生っ!?」
「いーじゃん。今ものっそい手ェ繋いでたい気分なんだよ」
 
だからって、もし誰かに見付かっちゃったら学校辞めさせられちゃうかもしれないのに。
なんで、って聞いても「なんででも」なんて答えになってない返事しか返してくれなくて。
なんか子供っぽい我が侭だなぁって思っちゃう。
……あれ? 今の銀ちゃん、子供っぽい……?
そう思って隣を歩く銀ちゃんの顔を見上げてみれば、そこにはやっぱりいつもの先生の顔した銀ちゃんがいたんだけど。
でも……もしかしたら銀ちゃん、私が思ってるほどに完璧な大人じゃないのかな。考えてたほど、私と銀ちゃんの間って離れてないのかな。
そう思ったら、さっきよりももうちょっと安心できて。
 
―――誰か他の人がいるところに出るまでだからね」
 
そう言って。
繋がれた手を私からも、きゅっと握り返してみた。



<終>



ポケビの歌聞いてたら書きたくなった話・第二弾。
うん。なんかよくわからない話です。歌の中身と話の中身は関係ありません。タイトルだけ。
要するに、大人と子供の差に悩んでたヒロインが、でも実際は思ってるほどの差は無いんじゃないかってことに気付いてちょっとだけ安心できたって話。
……なんか解説しなきゃならない話って、ダメダメな気が……
先生はヒロインの前じゃ余裕のある大人の男でいようとしていればいい。でも結局その内にグダグダになってダメ人間ぶりを暴露してればいい(何

('07.07.16 up)