高校教師 〜修学旅行は出発前から始まってるモンだ〜



修学旅行。
なぜ高校3年にもなって、という疑問はなきにしもあらずだが、それでも修学旅行は修学旅行だ。その名目だけで生徒たちのテンションは上がるだろう。
一般生徒でさえそうなのだから、普段からテンションの高いZ組の生徒たちに至っては、手のつけられない程に騒ぐに違いない。
それを思うと、そのZ組担任であるところの銀八は頭が痛くなるばかり、修学旅行なんてやめちまえコノヤローと言いたいところではある。
のだが。
そんな銀八を修学旅行へと駆り立てる理由がただ一つだけ存在する。
ただ一つにして絶対的な理由。銀八にとってみれば唯一無二の存在。それは―――
 
「ぎゃーぎゃーうるせーんだよ、おめーら。商店街の大声コンテストですか、コノヤロー」
 
ガラリと喧騒に満ちた教室の扉を開ければ、真っ先に目に飛び込んでくる存在がいる。
教室内のどこに居ようとも、決して見逃すはずもない。
そして今日も。喧騒のなか大人しく席に座って友人らに囲まれていた少女は、銀八の姿を認めるとにっこりと嬉しそうに笑いかけてきた。
。生徒にして銀八の恋人。
この可愛くて愛しくて仕方がない恋人が一緒だからこそ、銀八は修学旅行にも乗り気になるのだ。肝心なのはその点であり、行き先などどうだっていい。と一緒ならば北極もまた南国パラダイスに変わるに決まっている。
だから校長から言いつかった旅行先の決定権も生徒たちに丸投げ状態である。とはいえ、さすがに工場だの裏原だのと言った案は却下したが。いくらと一緒でも、そんな場所でどんなトキメキロマンスが発生すると言うのか。
そう、銀八の修学旅行における目的はただ一つ。
修学旅行という日常から離れたシチュエーションで、普段は大人しいが開放的な気分になったりして、あわよくば大胆になったりして、まぁ要するに普段と違う状況下でイチャつきたいと、そういうことなのだ。
生徒らの意見は、お妙の北海道案を皮切りに、沖縄だのサイパンだの、至極真っ当な意見が出るようになり、銀八は最早軌道修正することもなく生徒たちが騒ぐがままに任せている。そんなことにかまけている余裕があるなら、もっと一人にかまけていたいものだ。
そう思ってを見ていると、視線でも感じたのだろうか。他の生徒と話していたが不意に銀八に顔を向け、にっこりと笑いかけてきた。
この笑顔があるなら俺は南極でも月でも行くね、と胸中で断言しながら、銀八はへらへらとしまりのない顔でに向かって手を振る。
と、その時だった。
 
「先生。こうなったら先生が決めてもらえませんか?」
 
埒の明かない議論に嫌気が差したのか、お妙が手を挙げて立ち上がった。
肝心なのはの存在であり、行き先に関しては心底どうでもいいと思っている銀八は「なんで俺が」と言いかけたものの、しかし続けられたお妙の言葉にその反論は飲み込まれてしまった。
 
「北海道の広い大地に広がる緑の高原。そこに白いワンピースに白い帽子のちゃんが笑顔で立っていたら、素敵だと思いませんか?」
 
……素敵どころか最高じゃねーか、オイ。
お妙の言葉に、瞬時にその光景が銀八の脳裏に浮かぶ。
晴れ渡った空に浮かぶ真っ白な雲。一面広がる緑の絨毯の上では、雲と同じく真っ白なワンピースに帽子、サンダルを身につけたが銀八に笑いかけてくるのだ。そして一昔前の少女漫画のノリで追い掛けっこを始める二人……
他の生徒たちが聞いたら心底呆れ神経を疑われるような妄想が銀八の脳裏で繰り広げられる。
と同時に、北海道最高じゃねーかと、銀八の意見が北海道案に傾きかけた。
が。
 
「先生! それより夕陽の沈む沖縄の海をバックに水着姿で笑いかけてくれるちゃんの方が可愛いし、ムードもあると思うなー」
 
すかさず異論を唱えたのは、お妙とは真逆の沖縄案を挙げていた阿音だった。
確かに、そちらもいい。
橙色に染まる空と海。砂浜には水着の上にパーカーを羽織ったがはにかんだ笑みを浮かべて立っているのだ。これもまた銀八にしてみれば垂涎もののシチュエーション。
北海道に沖縄。どちらも違ってどちらもいい。
真剣に悩みだした銀八に、他の生徒たちも悟る。
旅行先の最終的な決定権は銀八にある。そしてその判断の鍵になるのは、銀八の恋人であるところのなのだ。
他所に対しては隠していても、クラス内においては公認となっている二人の関係。だから誰も遠慮することなく、自分が行きたい場所をアピールしようと好き勝手なシチュエーションを披露する。おかげでますます場の収拾がつかなくなってしまった。
しかし銀八にしてみても、どの案も捨てがたい。みんな違ってみんないい。どれか一つを選ぶことなど至難の技だ。
となれば。
 
「ならは? どこ行きたい?」
 
銀八の問いかけに、途端クラス中がはっとしたようにに注目する。
全員が全員して銀八へのアピールに心血を注いでいたが、その銀八は中心に物事を動かす傾向にあるのだ。銀八がに意見を求める可能性は十分あったはずで、どうしてに対してアピールしなかったのかと全員が悔やむものの、今となっては後の祭。
クラス中が固唾を飲んで見守る中、注目されて恥ずかしいのかは頬を染め。
 
「あ、あのね……せ、先生と一緒なら、どこでもいいよ……?」
 
―――何この可愛いイキモノ。
言ってしまってますます恥ずかしくなったのか顔を俯けるに、銀八はそんな事を思う。
シチュエーションは確かに大切だ。しかし最も大切なものは、まさしく今目の前にあるのではないか。
理屈など関係ない。今すぐお持ち帰りしたい。いや、しなければならない。そう、これは義務だ。お持ち帰りは銀八に課せられた絶対的使命なのだ。
そう自身に言い聞かせると、銀八は無言のままに歩み寄り、無言のままを抱えあげ、無言のままスタスタと歩き出す。
 
「せっ、先生っ!?」
 
突然の出来事にぽかんとしていただったが、やがて慌てたように抗議の声をあげる。
だが銀八がそれに構うことはない。
を抱えたまま器用に足だけで教室の扉を開けると、首だけ振り向かせる。
 
「ま、俺もと一緒なら網走でもシベリアでも構わねェからよ。来週までにもうちっとまとめといてくれる?」
 
言うや再び足だけで器用に扉を閉めると、教室内は蜂の巣を突いたかのような喧騒に満ちる。
しかしそれを気にするでもなく、銀八はさっさと足を進める。衝動的発作的行為だったために目的地など決めてはいないが、そんなものは歩きながら考えればいいと銀八は呑気に考える。
だが呑気に落ち着いていられないのが、抱き上げられたままのである。
今はまだロングホームルームの時間とは言え、いつ誰が教室から出てくるかわからないのだ。今のこの状況を見られてしまったら何をどう言い訳するつもりなのか。
そう訴えてみても、銀八はどこ吹く風と聞き流す。
銀八にとって重要なことは、そんなことではないのだ。
 
「先生と一緒ならどこでも行くんだろ? ん?」
「そ、そうだけど、でもそうじゃなくて!!」
 
反論しようとするだったが、にやりと笑う銀八に、どうやら何を言っても無駄だと悟ったらしい。
何より抱えられた状態では、下手に暴れて落ちたりでもしたら、痛い目を見るのは自分なのだ。
理不尽さを感じながらも、結局は諦めるしかない。
 
「銀ちゃんのばか……」
 
そう呟いて銀八の白衣をぎゅっと掴むの姿に、銀八が胸中で更に悶絶したりしたことは、また別の話。



<終>



終わりと言ってますが、でも修学旅行当日篇も書きます(笑)

('07.08.12 up)