高校教師 〜せんせいといっしょ〜
校長の横暴と担任の怠慢によって、時間の猶予もなく3年Z組の面々が書かされた読書感想文。
コンクールに出す前に銀八が添削したそれが、次々とダメ出しを食らっていく。
ある者は落ち込み。ある者は憤り。まだダメ出しを食らっていない生徒は、いつ自分の番が来るのかと怯え。
そして。
「ハイ、次。な」
銀八が告げた名前に、呼ばれた本人は肩を震わせ、教室内はざわめく。
と言えば、最早クラス内では公認の銀八の恋人である。しかも銀八はこの年下の彼女が可愛くてならないらしく、何よりも優先、が白と言えば黒も白に強引に塗り替えるような人間だ。
そんな銀八がまさかにまでダメ出しをするとは。
一体何が起こったのか、いやこれから起こるに違いない天変地異か地震雷火事親父―――好き勝手に騒ぐ生徒たちは無視して、銀八はが書いたと思われる読書感想文の原稿用紙を手にする。
「まずな、誤字が多すぎ。漢字が書けてねーの。、これ書くとき、ちゃんと国語辞典引いたか?」
銀八の問い掛けに、は俯いたまま黙って首を横に振る。
だが生徒たちは一様に納得した。満遍なく成績が良い印象のあるが、国語に関してだけは何故だかズバ抜けて悪い。そして自分が教える教科に限って何故こんな点数なのか、と銀八がテストの度に大人げなく拗ねていることを生徒たちは知っている。
なるほど、今回もそんな気分の延長なのか。そう解釈した生徒らが頷くのを他所に、銀八は珍しくも真顔で説明を始める。
「文章ってのはな。どんだけ感動的なモン書いても、誤字脱字が多いんじゃ評価されねーし、それ以前に読んでもらえねーんだよ。だから書くときは、辞書を引きながら書いた方がいいな。感想文の内容自体がいいだけに勿体ねーよ。それからな」
銀八の言葉は至極真っ当。国語教師として的確な指摘ではある。
ダメ出しは誤字の多さについてだったのかと安堵しかけただったが。
しかしダメ出しはまだ続くらしい。しかも今度は盛大な溜息まで吐かれている。
何をやってしまったのだろうか。の不安を煽るように銀八はなかなか口を開かない。
「……あのさ、。今、何歳だ?」
「え? 18、だけど……」
問われるまま素直に答えると、またもや銀八が盛大に溜息を吐いた。
ますます募る不安。
勿体ぶっている訳ではないのだろう。だが微妙な顔つきをしたまま、銀八はなかなか言葉を続けようとしない。
だがこのままでは話が進まないことはわかっているらしい。意を決したかのように、ややあってから口を開いた。
「18にもなって、感想文書くのにチョイスする本が『ノンタンといっしょ』ってのは、無ェんじゃね?」
途端、シン…と教室内が静まり返った。
『ノンタンといっしょ』。言わずと知れた、ネコを主役に据えた幼児向け絵本。シリーズはもう何冊出ていることか。根強い人気を誇っていることは確かだ。
しかしあくまで『幼児向け』である。
いつも賑やかな3年Z組にしては珍しい程に、しわぶきの音一つさえしない。
この沈黙を破るのは容易ではないかに思われたが、しかしそれはあっさりと破られた。
「だって……好きなんだもん。ノンタン」
の反論とも言えないような反論に、再び教室内を沈黙が支配した。
拗ねたような口振りは可愛いと、誰もが思う。
だがそれにしたところでノンタンは無いだろう、ノンタンは。神楽でさえ『ツートン動物日記』を読んでいるのに、が『ノンタン』とは。
珍しくも生徒たちは銀八に同情する。確かにこれは溜息を吐きたくなる。如何に甘やかしている恋人であっても、高校生にもなって愛読書がノンタンはありえない。仮にあったとしても、普通は感想文の題材にはしない。
クラス中の微妙な視線を受けて、「や、やっぱり変、かな……?」とおそるおそるが口を開く。「変じゃないネ!」と力強く答えた神楽の頬にもしかし冷や汗が伝っているし、クラス中が口には出さずとも「変だろ」とそれぞれの胸中でツッコんでいた。
そこへ、三度目の銀八の溜息。
「いや……がノンタン好きなのはよくわかってっから。大好きだったもんなァ。毎日ノンタンの絵本ウチに持ってきて『銀ちゃん、ノンタン読んで!』ってせがむし? しかも俺とノンタンどっちが好きか聞いたら『ノンタン!』って元気良く答えるし? アレは切ねーよ。即答だったじゃん。って言うか今でも切ねーわ」
出血大サービスと言わんばかりに、またも溜息。本気で落ち込んでいる様子の銀八に、子供の他愛ない言葉を真に受けるなよ、とクラスの半分が思った。残り半分は、十年以上昔の話で落ち込むなよ、と胸中でツッコんだ。
だが銀八の愚痴はまだ続く。教師がそんなんでいいのか!? などというツッコミは、とうの昔に全員が諦めている。銀八とはこういう男なのだと。
「大体さ、にとってノンタンって言ったらイコール俺じゃね? 毎日読んでやってたんだし。イコールだってのに、ノンタンの感想文に何で俺のコトも書いてくんねェんだよ。ありえなくね? せめて甘く切ない思い出的にさァ。俺はにとって全自動絵本読み聞かせ機だったんですかコノヤロー」
「ち、違うもん! イコールじゃないよ! ただ単に、大好きな銀ちゃんのとこに大好きなノンタン持っていったら大好きが二つで楽しいって思ってただけで!!」
の反論に、またもや教室内が静まり返る。一体今日は何度静まり返るのだろう。普段ならばありえない事態だ。
最早読書感想文のことは遠い彼方。誰もが事の成り行きを固唾を飲んで見守っている。
そんな中で銀八は、途端に目を輝かせ、声を張り上げた。
「ハイ、! 今のもう一度言ってみよう! 大きな声で!!」
「え? だから私は、大好きなノンタンを大好きな銀ちゃんに読んでもら、って……―――っ!?」
勢いとは言え、自分が口走ってしまった事が何だったのか、はようやく気付く。だがもう遅い。クラス中が聞いてしまったし、銀八は教壇でにやにや楽しそうに笑っている。
穴があったら入りたい。今のはそんな心境だ。
だが銀八の機嫌はすっかり良くなっている。無自覚だったとは言え、他人の前でから「大好き」の言葉を引き出せたのだ。恥ずかしがってなかなか口にしてくれないその言葉を聞けて、嬉しくないはずがない。
「そうそう。それを一言一句違わず感想文に書いてくれりゃ、俺は120点つけて花丸もあげ」
「公私混同だバカヤロー!!」
調子に乗った銀八の言葉が終わるよりも先に、クラス中が文具やら本やらを投げつけたのは、まぁZ組らしい光景ではあった。
<終>
「ノンタンといっしょ」は、絵本じゃなくてアニメのタイトルなんですけどね。
深く考えず、ノンタンシリーズの総称のような何かだと思っていただければ(笑)
最初は「100万回生きたねこ」にしようかと思ったんですが、アレは普通に感想文書けそうな絵本なので止めました。
('08.07.12 up)
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