高校教師 〜もってけ!以下略2の裏側なのかもしれない話〜
「オイ、は?」
一時間目の始まりを告げるチャイムと共に、3年Z組の教室の扉をガラリと開けた銀八。
しかしその口からまず最初に発せられたのは挨拶でも日直の仕事を促す言葉でもなく、恋人の不在を疑問に思う声だった。
朝のSHRには確かにいた。今日も朝からにこにこと笑って可愛かった。笑っていなくても可愛いが。存在自体が可愛くて仕方が無いが。
それはそれとして、SHRから十数分という短い時間で、は一体どこへ姿を消したと言うのか。
Z組の生徒にしてはありえない程に真面目なが授業をサボることなどありえない。もしや何かあったのではと心配になったのはしかし一瞬のこと、すぐに答えが生徒から返ってきた。
「ちゃんなら、土方君が怪我して保健室に運ばれたとかで、心配して様子見に行ってますけど」
言われて、そういえば土方の姿も教室内に見えない事に銀八は今更ながらに気がついた。
だがそのこと自体については正直どうでもいい。教師らしからぬそんな本音は、胸の内に押し留めて。
どうでもよくないのは、がいないことだ。いつだって真剣に授業を聞いてくれるが(その割に国語の成績だけ悪いのが泣けてくる)いないどころか、よりによって土方を心配して保健室へ行っているというのだ。授業中だと言うのに。
優しいのことだから、純粋に怪我を心配しての行為なのだろう。
しかし銀八にとっては、自分よりも他の男を優先されたという思いに駆られて、甚だ面白くない。面白くないどころか、腹が立つ。
こんな気分で、授業などやる気が起こるはずがない。と言うよりも、が他の男のところにいるというのに、呑気に授業などやっていられるはずがない。
という訳で。
「じゃ、お前ら。俺が戻ってくるまで適当に自習な」
それだけ言い残すと、銀八は潜りかけた教室のドアをそのまま引き返す。
向かう先は勿論、保健室。
保健室に入ると、カーテンの引かれたベッドが一台。その中からひそひそと話し声が聞こえてくる。
授業サボって俺のとお喋りとはいい身分だなコノヤロー、と胸中で悪態を吐きつつ、一体どう報復してやろうかと物騒な事にまで思考を巡らせながら、銀八は断りも無くカーテンを引く。
だが予想に反して、カーテンの中は二人きりではなかった。ベッド脇に据えた椅子に腰を下ろしている。その会話の相手は土方ではなく、もう一人その場にいた女子生徒だったらしい。土方はどうやら寝ているようだが、これはまぁどうでもいい。
ただ、その女子生徒の存在に、銀八はギクリとした。見知らぬ生徒ではない。つい先日、真っ向から「好きです!」と告白してきた女子生徒だ。勿論、振った。何せ自分にはがいるし、以外の女には興味が無い。確かに好意を持たれること自体は嬉しくない訳ではなかったが。
振ったのだから、に対して後ろめたいことなど何も無い。はずだと言うのに。
突然人がやってきたことに驚いたらしいその女子生徒は、しかしそれが銀八だとわかると、不自然に視線を逸らした。居た堪れなさそうに。
そんな二人の胸中にはまるで気付いていないのだろう。が驚いたように「先生?」と目を瞬かせている。
「どうしたの?」
「どうしたのって、お前、もう授業始まってんだけど?」
言外に「どうしてサボってんだ?」と問いかけてやれば、はそれをきちんと読み取ったらしい。
真面目な生徒であるところのは、余程でなければサボリという行為に抵抗を持つようで。けれどもやはり気になるのか、「でも…」と心配そうな目を土方へと向ける。
「土方くん、頭打ったんだって。保健の先生もいないし、大丈夫かなって」
「大丈夫だよ。私が見てるから」
風紀委員の人たちにも頼まれたしね、と女子生徒が苦笑しながら言う。
頼まれたということは、保健委員か何かなのだろうか。
事情は知らないし、知る必要も無い。銀八には結論さえあればいい。その結論とは勿論、がここにいる必要性は無い、ということである。
二人に促され、なおも心配そうな顔をしながらは腰を上げる。
そのの肩を抱き寄せたのは、単なる独占欲だったのかもしれない。それとも、に対する理由無き後ろめたさを誤魔化すための行為だったか。
人前ですべき行為ではないことはわかっている。Z組の生徒ならばいざ知らず、他人に見られて万が一にでも二人の関係が知れれば、二人共に何事も無く過ごせるとは思えない。
だがこの女子生徒は何も言わないだろうと、何となく銀八は思った。根拠などまるでない直感ではあったが、それでも誰にも話さないだろうと、そう思えた。
実際、彼女は何も口にしなかった。何かを納得したような、淋しそうな。複雑な表情を浮かべ、会釈をする。
それで、終わり。用は済んだとばかりに、の肩を抱いたまま保健室を出る。流石に授業中、教室の外を歩いている生徒はいない。
「土方くん、本当に大丈夫かな。頭って、打ち所が悪いと大変なんだよね? 土方くん、全然目覚まさないし……」
学校内で肩を抱いて、それでもが抵抗しないのは珍しい。そう思っていたら、理由はそんな不安に由るものだったらしい。心配でそこまで気が回らないとか、他人の温もりに安堵するとか、そんな理由だろう。
それが逆に銀八には面白くない。当たり前だ。恋人が目の前で他の男の心配をしているのだ。少なくとも愉快な気分にはなれない。
心が狭いのか、余裕が無いのか。はたまたその両方か。舌打ちしそうになるのを銀八はどうにか堪えた。
「あのな。他の男の心配なんかしてる暇あったら、俺の心配もしてくんねーかな」
「え?」
「がそんなんだから、胸が痛くて痛くてしゃーねェんだけど」
足を止め、その目を見つめながら言ってみる。
途端に顔色が変わったに、大袈裟に言い過ぎたかと良心が咎める反面、の感情を左右できるということに喜びも感じてしまう。
我ながら性格が悪いと苦笑する間にも、が不安そうに銀八にしがみつき、そして。
「胸が痛いって……肺癌とかじゃないよね!?」
「……ハイ?」
「違うよね? 銀ちゃん、そんなのじゃないよね!? 煙草吸いすぎだと思うけど、でも違うよね!!?」
どうやら銀八の言葉を、そのままに取った挙句、の中でその言葉の意味が飛躍してしまったらしい。
それにしても飛躍しすぎだ。第一、銀八はそんなつもりで言ったわけではない。
余程不安なのか、しがみつく手は力を込めすぎて白くなり、呼び名も「先生」から「銀ちゃん」へと戻ってしまっている。
予想外の展開ではあったが、これだけ心配されるならば本望だ。
ひとしきり満足すると、誤解を解いてを安心させてやるために、銀八はゆっくりとの手を離してやる。
「違うに決まってんだろ。そうじゃなくて、俺が言いたいのは、こっち」
「心臓?」
「そういうコト」
「……銀ちゃん、心臓病だったの!!?」
違うだろ。
胸に手を置いた銀八に、またもやは飛躍した結論を出す。
思わず胸中でツッコんだ銀八だが、呆れる反面、涙目になってしがみついてくるも可愛いと、そんなことを考えてしまう自身にも呆れてしまう。
どこまでこの年下の少女に溺れているのだか。
だが今はそんなことを考えるよりも、の誤解を解く方が先だ。とは言えこの調子では、遠回しに言ってもまた飛躍した結論を出されそうだ。
本来ならば、ある程度の言葉で悟ってくれるはずのだが、不安な時はついつい悪い方へ悪い方へと思考してしまうのが人間というもの。飛躍した結論はきっとそのせいなのだろう。
誤解を解くのに手っ取り早いのは、直接的に言葉をぶつけること。
わかってはいる。しかし羞恥プレイを強要されているようで、銀八は頭を抱えたくなる。心が狭くて余裕も無い、と年下の恋人に暴露しなければならないこの状況は、羞恥プレイ以外の何物でもない。
それでも、いたずらにを心配させる訳にはいかない。「そうじゃなくて」と否定し、銀八は覚悟を決めた。
「病気じゃなくて心だよ心、が他の男のこと考えてるだけで痛くなんの平たく言えばヤキモチだよヤキモチいい加減わかりましたかこの娘は!」
「………へ?」
一息に捲くし立てれば、言われた言葉に対する理解が追いつかないのか、は間の抜けた声をあげて目を瞬かせる。
妙に居た堪れない状況は、一体どれほど続いただろうか。
不意にの頬が赤く染まり、それまで真っ直ぐに銀八を見つめていた瞳が伏せられる。銀八の白衣を必死に掴んでいた手からも力が抜けたようで、どうやらようやく理解してくれたらしいと、銀八は安堵した。
それでも、心の狭さと余裕の無さを暴露してしまったことには変わりなく、相変わらず居た堪れなさは残っていたが。
「……んのばか」
ぽつり、とが呟いた言葉は、銀八の耳にはほとんど届かなかった。
しかし聞き返すよりも早く、が抱きついてきた。
「銀ちゃんの、ばか……」
私が好きなのは銀ちゃんだけだもん。
そう聞こえた気がしたのは、空耳なのかもしれないが。
けれどもの耳が赤くなっているのは確かで。ならば空耳ではなかったかもしれないし、空耳だったとしてもの思いはそんなところだろう。
途端に気分がよくなる自分はどれほど単純なのかと、銀八は自分の事ながら呆れたくなる。
だが単純なのはも同様。銀八の一言で一喜一憂して振り回されてくれるのだから。そこも可愛くて仕方が無いのだと言ってしまえばその通りで、そう思ってしまうところもまた単純なのだと、結局は堂々巡りの結論しか出てきはしなかったが。
気分が良いから、何もかもが良いことにしてしまおう。
投げ遣りともとれる結論を導き出して思考を放棄してしまうと、銀八は可愛くて仕方が無い恋人を抱きしめたのだった。
<終>
サブタイトルのままです。
「もってけ!セーラーふく」2話目の裏側と言いますか、某様からのコメントで『保健室で土方くんの心配をするヒロインちゃんを引き剥がして、「先生の心配だけしてればいいの」みたいな事を言ってそうですね』とあったので、そこからまた妄想がによによと……
スミマセン。勝手に使ってしまって申し訳ありません。お気に障りましたら撤去しますので。ハイ。
こんなの書いてますが、別にこのシリーズとあっちのシリーズが必ずしもリンクしてるわけではないです。こんなのもありかな、程度で。設定は皆様、お好きに考えてくださって結構ですので、本当に。
('08.09.21 up)
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