高校教師 〜だから、覚悟して?〜
坂田銀八は浮かれていた。
これ以上ないまでに浮かれていた。
どれほど浮かれていたかと言えば、原チャリを走らせたままスキップができるのではないかと思うほどに浮かれていた。勿論、実際にそんな真似ができるはずもないが。
兎にも角にも浮かれていることに違いは無い。かつて今日ほど終業時刻が待ち遠しかったことがあっただろうか。
鼻唄交じりで機嫌よくマンションへと原チャリを走らせている事の発端は、二週間ほど前。ダメ元で発した発言。
『先生はの裸エプロン姿が見たいです』
それは放課後の補習の時間。
古文で赤点を取った生徒に居残りを告げたにも関わらず、馬鹿正直に残っていたのは一人。
とは言え、それはそれで想定の範囲内。むしろと二人きりになれるのだから、流石はZ組生徒、空気を読んでくれると拍手喝采したくなるほどだ。
生徒たちの真意はともかく、放課後の教室で恋人と二人きり。しかし可愛い恋人は、補習プリントを睨みつけるばかりで、一向に銀八を気にかけようとはしない。
補習を受ける生徒としてその真面目な態度は褒められるものだろうが、恋人としては減点である。結局のところは、単にに構ってほしかったのだ―――などと大人げない本音は、一生涯口に出すつもりはない。
最初こそは無視されていたが、こういう時ばかりは無駄に根気よさを発揮する銀八。めげることなく繰り返し口に出していたならば、先に根負けしたのはの方だった。
『じゃあ、先生が先にやってくれたら、私もやってもいいよ?』
冷たく言い放たれたの言葉がその場凌ぎのものでしかないことなど、銀八は承知していた。
裸エプロンなんて嫌がるのはわかりきっていたし、の言葉が婉曲な断りだともわかっていた。事実、自分の裸エプロン姿など、考えるだけでもおぞましい。吐き気がする。
しかしここで天秤にかかるのはの裸エプロン姿。恥じらう恋人と自分の自尊心。天秤がどちらに傾いたかなど、言うまでもない。
かくして、幸運にも―――にとっては不運以外の何物でもないだろうが―――約束は遂行されることとなったのだった。
「おーい。銀さんが帰ってきましたよー、っと」
玄関を開けたならば、出迎えてくれたのは薄闇と静寂だった。
いつもであれば―――と言えるほど、いつもいつもがいてくれる訳でもないのだが―――走る必要もないほど短い廊下をパタパタと駆けて出迎えてくるなり、それでなくとも「おかえりなさい」の一言くらいはキッチンあたりから飛んできたりするのだが。
まさか、いないのだろうか。あのが、約束を破って?
破られても仕方ないような約束だけどさ、と胸中で独り言ちながら、銀八は後ろ手に玄関に鍵をかける。
純真無垢で清純、純情可憐を絵に描いたような―――と銀八は真剣に思っている―――恋人には、やはり裸エプロンは無理だったのだろうか。
大人げなく本気で舞い上がっていただけに、目の前の現実に本気で打ちのめされそうだ。
盛大な溜息を吐いて、靴を脱ぎながら視線を落とす。その先には、見慣れたローファーが一足、ちょこんと揃えてあった。自分の物ではない。それでも見慣れていると言うことは、誰の物であるかなどは考える間でもない。
慌てて靴を脱ぎ捨てると、短い廊下を2,3歩で進み切り、リビングの灯りを点ける。眩しさに目を細めたのは、一瞬。
「お、おかえり、なさい…銀、ちゃん……」
「―――っ!!?」
が来ているにも関わらず、すっかり陽も落ちて薄暗い室内に灯りが点いていない。てっきりに何かあったのかと慌てたのは杞憂に過ぎなかった。
だが、その事に安堵する余裕など、銀八にはまるで無かった。
灯りが点いた室内に、はいた。ぺたりとカーペットの上に座り込んで。
恥ずかしげに視線だけを銀八へと向けてくるその目尻には、うっすらと涙が溜まっている。羞恥で居た堪れないのが傍から見てもわかるほど、耳まで真っ赤に染めて。日に焼けていない肌までも、うっすらと桃色に染まっている。その肌を覆っているのは、白いフリルのエプロン1枚のみ。
俗に言う、裸エプロン。
そんなの姿を目にした瞬間、銀八は言葉を失った。
裸エプロンで上目遣い。恥じらう幼な妻。イヤ、まだ妻じゃないけど気持ちは妻だ夫婦だそうだ婚姻届を出しに行こう。とりあえず万歳三唱するところなのかコレ。裸エプロンの威力半端ねェ。イヤ、半端ねェのはの可愛さじゃね、超新星爆発くらいの威力じゃね?
脳内ではそんな非論理的な思考がつらつらと展開されていたが、相変わらず銀八は黙り込んだまま。けれどもじっとを凝視している。
その視線に耐えきれなかったのか、俯いたは、エプロンの裾を引っ張っている。そんな事をしたところで何処がどう隠れる訳でもないのだが、心情的に落ち着かないのだろう。そんな仕草一つとっても可愛い事この上ない。
実のところ、色々と考えていたのだ。せっかくの裸エプロン。新妻ごっこに始まる様々なプレイを思い描いていたのだ。
だがそんな妄想は、目の前の現実に全て吹っ飛んだ。
そんなプレイを強要する間でもない。それは勿論、楽しめるならばそれに越したことはないのだが。
ともかく、何もせずとも、が口を開かずとも、その全身が言葉を発しているようなものだ。「ご飯にする? お風呂にする? それとも…わ・た・し?」と。
第三者が聞いたら確実に幻聴だと言うだろう。その前に未成年者淫行だと言うかもしれない。問題ない。結婚していれば淫行ではない。籍はまだ入れてないが問題ない。はずだ。
となれば、銀八がやるべきことは一つ。
「銀さんはが食べたいです」
「ふぇ?」
思わず顔を上げたは、きょとんと目を瞬かせている。何を言われたのか理解できていないのだろう。
だが、の理解を待つつもりは銀八には毛頭ない。そもそも、可愛らしい恋人に関して『我慢する』という努力は無駄だと、最近の銀八は悟っている。努力したところで、最終的には白旗を揚げる羽目になるのだ。ならば最初から我慢などする必要が無いではないか。勿論、最低限のTPOは弁えた上で、だが。ここは自分の部屋。恋人同士二人きり。ならば問題があるはずもない。
持っていた鞄を部屋の隅へと放り投げ、もともと弛んでいたネクタイも解いて同じように放り投げる。ついでに理性も放り投げた。
残った本能が求めるものは、食欲にも似た性欲。
「を食べたい」
「――っ!!」
言葉の意味をようやく理解したのか、が更に顔を赤らめる。
もう何度も身体を繋げているというのに、未だこういった言葉に恥じらうが、ただでさえ可愛くて仕方がないと言うのに。そのが律義にも約束を守って、羞恥に頬を染めながらも裸エプロンで待っていたのだ。可愛いという表現では物足りない。可愛いの最上級の単語はあるのだろうか。いや、最上級でも足りない。
まぁ、結局のところは。
「――いただきます」
剥き出しになっている白く細い肩を抱き寄せ、齧り付くようにその唇へと口吻ける。
言葉で足りなければ態度で表せばいい。
「ぁっ、やぁっ…ぁんっ、やっ、ぁあんっ、銀、ちゃ…っ」
幼い子供がいやいやと言うように首を横に振りながら、は拒絶と悦楽の入り混じった嬌声をあげ続ける。
いつもであれば漏れ出る声を堪えようと自分の手で口を押さえるだが、今日は両手ともに塞がっているためにそれが叶わない。
の両手は、エプロンの裾を持ち上げているのだ―――勿論、銀八が持ってろと言ったわけなのだが。それにしても、素直に従うもだと銀八は思う。泣くほど恥ずかしいのであればやらなければ良いものを。
それでも、自身の手によって露わにされた秘所は、与えられる快楽を待ち望んでヒクついている。
赤く色付いた頬は、羞恥のためか快楽のためか、もしくはその両方か。その頬へと零れ落ちる涙をぺろりと舐め上げてやれば、それだけのことにもの身体はびくりと震え、咥え込んだ銀八の指を切なげに締め付けてきた。
「って、舐められるの好きだよな?」
「―――っ!」
耳元で囁いて今度はその耳へ舌を這わせれば、再びその身体が震える。
否定の言葉を紡ぎたくても、口を開けば喘ぐしかできないのをわかっているのだろう。は首を横に振るが、まったくもって説得力がない。
「こことか、な」
「ひぁっ、ゃんっ、ぁっ、やだぁっ」
「やだって、本当は好きなくせに何言ってんの」
意地の悪いことを口にしていると自覚しつつ、エプロンの布越しに胸へと口唇を落とす。
先程から散々舌で嬲ったせいか、唾液で濡れた布を押し上げて、頂がその存在を健気に主張している。そこを舌先で転がしたり押し潰したりしてやれば、あられもない嬌声がの口からあがる。
その甘い声に、銀八もまた煽られ、快感が背筋を走り抜けるのだと、は知らないのだろう。
頭の先から足の先まで全身を舐め尽してやったのならば、一体どれほど甘い声で啼いてくれるだろうか。
かと言って、それを実行に移すのは流石に躊躇われる。自分でも何を変態的な事を、と思わないでもないのだ。が聞けば、確実にドン引きされる。最悪、そのまま逃げられてしまう。逃がすつもりは毛頭無いが。
それはともかく、そんなことを夢想せずにいられない程、の声は銀八の芯を揺さぶるのだ。
「やっ、そこっ、だめぇ…っはぁっ、あんっ!」
散々に弄られて敏感になった胸は、布越しという普段と異なる愛撫にいつも以上の快楽を感じているのか。戯れに甘噛みしてやれば、高い声をあげてその身体が跳ねる。
同時に、もう待てないと言わんばかりに、きゅうきゅうと銀八の指を内側が締め付けてくる。
引き抜いた指にとろりと纏わりつく蜜。それを敢えての目の前で舐め取れば、羞恥のためか再びその目に涙が浮かび上がる。
漫画や小説で言うほど甘くはないその蜜は、けれども可愛らしい恋人のものだと思えば仄かに甘みを覚えるから不思議なものだ。尚且つ、恥じらう恋人の姿というオプションまで付いてくる。恥じらうのを通り越して泣かせている訳だが、むしろ楽しいから問題は無い。勿論、泣かせて楽しいのはベッドの上限定だ。
「のココ、もうぐちょぐちょだな? 舐められただけで、そんなに感じちゃった?」
「――っ!!」
意地の悪い笑みを浮かべて更に言えば、ポロリと目の淵から涙が零れ落ちる。
これは、少しばかり苛めすぎたか。
泣かせるのは楽しいが、本格的に泣かれても困るのだ。泣かせたいが、泣かせたくない。あまりに矛盾した思考には、苦笑せざるをえない。
何だかんだで、年下の恋人に甘い自覚はある。最終的には、ベタベタに甘やかしたくなるのだ。今日も今日とて、あやすようにして目元へ頬へと口唇を落としてを宥めにかかる。
「悪かったって。俺が悪かったから。感じちゃってるのは寧ろ俺の方だから。って言うかもう限界」
「え―――ぁああっ!」
これもまた意地が悪かったろうかと銀八は思わないでもない。
しかし限界であったこともまだ事実で、まぁいいかと開き直る。
言うや否や、すでに勃ちきっていた自身を蜜壺へと一息に突き挿れた。
ぐずぐずに蕩けたそこは、然したる抵抗も無く銀八を受け入れる。それでも突然の圧迫感は拭えないのだろう。あがる悲鳴のような声、それすらも愛おしいと思えるようでは、すっかり重症だ。
が落ち着くのを待つことなく、銀八は腰を動かす。限界であったのは事実だ。まるで青臭い高校生ががっつくようだと自重する余裕すら、今の銀八には無い。
「ゃあっ、だめっ、いきな…っ、銀ちゃ…っ!」
「悪ィ、でも止めんのはムリだわ」
まるで実の無い謝罪の文句に、どれほどの重みがあるだろうか。
そもそも、今のにその言葉が届いているのだろうか。
幾度も腰を打ちつけ、中を擦り上げている内に、の口から漏れる嬌声に艶が増してくる。身も心も快楽へと堕ちきった、そんな声だ。
未だエプロンの裾を握りしめている手は、力を込めすぎてすっかり白くなっている。それを自分の背中へと回させてやれば、しっかりと縋りついてくる。
情欲の色が浮かぶ瞳には、銀八の姿だけが映り込んでいる。そして背中に爪を立てられる甘い痛み。この瞬間が銀八は何より好きだった。瞳に映すのも縋るのも、銀八だけ。にとっての唯一無二は自分なのだと、そう思えば自然と口角が上がる。
「…、好きだ、愛してる」
「わた、しも…っ、すき…っ、銀ちゃ…だい、すきっ」
もう、ダメ。と。
悲鳴のような声で訴えられ、縋る腕に力を込められ。
銀八は涙に濡れた頬に口吻けを一つ落とすと、が一番感じる場所を狙って自身を突き立てる。
幾度も攻め立てたならば、すでに言葉としての意味を為さない嬌声を上げていたは、一際甲高い声を上げて達してしまった。
未だ成熟しきらない身体が震え快楽に呑まれていく様に、まるで伝染したかのように銀八の身体の中を快感が走り抜け。
そして、に数瞬遅れて、銀八は自身の熱をその内へと解放したのだった。
いくら大人の余裕を見せたくとも、実際にはそんなもの微塵も無ければ、醜い独占欲をいつだって満たしたがっている。完全に満たされることなどないのだと、わかっていても。
それでもがこうして腕の中にいて、更には無茶な約束も守ってくれる限りは、それなりに満たされているのだろう。
「っつーワケで、たまにはこういうプレイもいいと銀さんは考えるんだけどな?」
「どういう『ワケ』なのかわからないし、私は考えないもん」
後ろから抱きしめたの表情まではわからないが、口調からするに拗ねているのだろう。
けれども銀八から逃げる様子は無いのだから、本気で嫌がられている訳ではなさそうだ。だからこそ、いくら拗ねられたところで「可愛い」としか思えないのだ。
とは言え、流石に「もう一回」などと口に出せば、本当に怒られかねない。腕の中のは未だ、エプロン一枚を身に付けただけの状態。そのエプロンも色々と汚したものだから、かえって卑猥に見えると言うか、そもそもしっとりと汗ばんだの身体そのものが銀八を煽って止まない。
それでも事に及ばないのは、偏にに嫌われたくない、ただその一心だ。浴槽に湯が溜まるまでの間だけだと、銀八は耐え続ける。
ならばに適当に服を着せるなり離れるなりすれば良いのかもしれないが、せっかくの裸エプロン姿をぎりぎりまで堪能したいのだと、呆れ返るほどの煩悩を抑えきれなかった結果、を後ろから抱きかかえるという今の状態に落ち着いてしまったのだ。
馬鹿だな、と自身のことながら呆れ返るが、馬鹿で何が悪いと開き直る自分もいるのだから、もうどうにもならない。
「だから、また裸エプロンやろうな? 新婚の予行演習的に」
「……銀ちゃん、私の話聞いてる?」
聞いてはいる。聞いてはいるが、聞き流しているだけだ。
それよりもの方が話を聞いていないのではないか。人がさり気ない風を装って、それでも割と勇気を振り絞って口にした言葉をスルーされては、ヘコまずにはいられない。
だが、ふと下げた視線の先。髪の間から覗く耳が赤く染まっているのが目に入る。どうやら聞き流したフリをしていただけらしい。隠し切れていないようだが。
途端に気分が上昇するのだから、我ながら現金なものだと銀八は苦笑する。
この程度は許されるだろうと、赤くなった耳を甘噛みしながら思う。
今度はどんな理由をつけて、エプロンを着けさせてやろうか、と―――
<終>
でも変態的に迫って頭の先から足の先まで舐めまわしてもいいと思うんだ。てか、そんな話が読みたいです。誰か私に読ませてください。
それより、久々にエロ書いたら、どっと疲れました。MP根こそぎ奪われた気分です……
('11.05.29 up)
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