高校教師 〜Ring a Ding Dong〜
「ちゃん、その指輪、どうしたの?」
とあるカフェでの、他愛のないお喋りの中で。それは他愛のない話題の一つに過ぎなかったのだろう。
ふと気付いたとでも言うようにお妙が指をさす先は、の右手。その薬指には、指摘どおり指輪が嵌まっている。
細いシルバーリングには、小さなピンクダイヤモンド。
ホワイトデーに貰った指輪は、そのままの右手薬指に納まっている。
卒業してから久しぶりに会う高校の友人たち。そう言えばこの指輪を見られるのは初めてだったかも、とは今になって気付いた。
そう思えば何となく気恥ずかしくなってしまい、言葉を濁しながらは顔を俯けた。無意識に指輪を弄びながら。
「まだ銀八と付き合ってたアルか?」
「う、うん……」
とはいえ、友人たちにはお見通しだったらしい。
神楽のどこか呆れたような言葉には辛うじて頷いたものの、気恥ずかしさは消えず顔を上げることはできない。
それにしても、と思う。高校を卒業して数ヶ月。未だに銀八に対する同級生たちの評価は低いらしい。確かに教師として素晴らしい人物かと問われればとしても首を傾げざるをえない。ならば恋人としてはどうかと考えた場合は―――それでも首を傾げたくなるのだが、それでも実際に付き合っているのだから人生わからないものだ。
「まぁまぁ、神楽ちゃん。指輪買う甲斐性があるだけ、マシになったんじゃないかしら」
「マシってだけアル。どうせなら左手の薬指に嵌める指輪を買う程度の甲斐性を見せてほしいネ」
「あ、それは……」
思わず顔を上げると、集まる二人分の視線。
頬が熱くなるのを感じたが、それでも銀八の名誉のためにも弁明くらいはすべきだろうか。
―――と言うのは建前で、実のところ、も誰かに話したかったのだ。もう隠す必要のない二人の関係ではあるが、今更という感じがしてなかなか口に出せずにいる。それでもやはり、嬉しかったことは誰かに話したくなるものなのだ。
「最初は、ちゃんと左手に嵌めてくれたんだよ? でも、その……ほら、大学があるし。外そうかな、って思ったら、せめて右手に嵌めててくれって……」
「泣きつかれたわけね、先生に」
「相変わらず情けないヤツネ」
冷たく言い放つ二人に、は苦笑を返す。
本当は、泣きつかれたどころか土下座されてお願いされてしまったのだが―――それこそ銀八の名誉のために、黙っておくことにする。
最初の頃こそは、大学で恋人の存在についてあれこれ詮索されて面倒だと思ったが、しばらくすればそれも落ち着き、その頃には指輪を嵌めていることにも違和感を覚えなくなっていた。おまけに周囲に「彼氏持ち」と認識されているから、合コンなどに誘われることもない。誘われると断りにくい性分のにとっては、正直なところそれが一番ありがたかった。
それでも、それを抜きにしたところで、指輪を貰ったという事実が一番嬉しいのだけれども。無意識に指輪に触れてしまうのは、その存在を確認したいからなのかもしれない。
「あ〜あ。幸せそうな顔しちゃって。ねぇ?」
「え? そ、そうかな?」
「相手が銀八ってのが気に入らないアルけどな」
そうは言うものの、神楽も笑っているのだから、本気で嫌悪しているわけではないのだろう。そんな二人の態度に、はこっそりと安堵する。
高校の時から色々と世話になった二人には、やはり好意的に受け取ってもらいたいのだ。
心配性な友人たちと、それに輪をかけて心配性な恋人と。
時々その心配性に困ることもあるけれども、そうやって自分を思ってもらえるのは嬉しいものだから。
「ありがとう。お妙ちゃん、神楽ちゃん」
「あら? どうしたの、急に」
「お礼なんて今更ネ」
の意図が通じているのか通じていないのか。それはよくわからないけれども。
「うん。でもね。二人が友達でいてくれて、私って幸せだなぁって思ったから」
「そう言ってもらえると、こっちまで幸せって思えるわね」
「幸せアルよ! 親友ネ! むしろ心の友と書いて心友ネ! と心友で私の方こそ幸せアル!!」
感極まったかのように隣の席から抱きついてきた神楽の身体を何とか受け止めると、テーブル越しにお妙と目が合い、どちらからともなく笑いあう。
幸せを感じずにはいられない、この空気。そして温もり。
―――今度銀ちゃんに会ったら、抱きついてみようかな。
そして伝えてみようか。「幸せだよ」と―――
<終>
なんかこう、女の友情というか、ほのぼのしたもの書きたかったんです。いきなり大学生になってますが。
関係ないですが、結婚後、先生には小舅・小姑がやたらとケチつけてきそうな感じですね(笑)
('12.01.18 up)
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