母音の無声化とは、カ行以下の拍を低く弱く発音する事で、
注意深く放送各局のアナウンサーの言い方を聞いていますと、
やはり気になりますね。
早い話が、です・ます調が、で・ま調に聞こえてしまうのです。
勿論、末語・す、が聞こえなくても意味は通ります。
また、緊急の報道ならそれも良しとしましょう。例えば、
大変な事で・!乗鞍が噴火で・!空が濛々としていま・!
実況報告を終わりま・!MHK高山支局の大西でし・!あっ危な・!!!
と、ここでむなしや画像が途絶えます(合掌)。
片やほらほら映画館で見るニュース映画ですね。
いかにもおっとりと一語一語丁寧に発音するアナウンサーの声は母音の無声化が一切無し。
三省堂新明解アクセント辞典の巻末に母音の無声化とアクセントのとの関係の事が
記載されています。現代ですが東京の高年層では母音の無声化が進み、アクセントが
後方にひとつずれる傾向があるそうです。
うーむ、ところが少なくとも私・佐七は子供の頃から今までずうっと母音の無声化
はしていないようですね。例えば
無声化
−−−−−−−
無し 有り 佐七
父 ちち ▼○ ○● ▼○
付く つく ▼○ ○● ▼○
来て きて ▼○ ○● ○●
汽車 きしゃ ▼○ ○● ○●
試験 しけん ▼○○ ○▼○ ○●●
それでも内省していると、何が何だか判らなくなります。
案外私も無声化しているのかも知れませんね。
それにしても無声化して父○●、とは驚きですね。
飛騨方言では有り得ないアクセントです。小学校の時の
言葉遊びで、ははのちちはおおきい▼○○▼○○○●▼○、
つまり母の父と母の乳を掛けた同アクセント文(掛け詞)を唱えていた事を思い出します。
中学の担任が国語の先生でしたが、私と同じ飛騨の育ち、ある日の授業で、
きしゃのきしゃがきしゃできしゃした、とは?と質問されますので
▼○○▼○○○●●▼○○○、つまり貴社の記者が汽車で帰社した、という
意味だと答えた覚えがあります。
その日の授業では、質問した教師と答えた生徒二人の間に汽車のアクセントは○●であり、尚且つ無声化しない、
という了解があったのでした。
ところで私自身のアクセントは、無声化しないのに、試験しけん○●●、に
なってしまうのは、私が、治験ちけん○●●という言葉を長らく使っていた
からなのでしょう。なるほどそうか、こればかりは明らかに
私のアクセントは間違っているという事になるのでしょうね。
気にしてもしかたないし、気にする必要もないのですけれど。
でも自分自身が発見出来て書いて楽しい原稿でした。しゃみしゃっきり。