物類称呼を一言でいうと、江戸時代に出版された日本で初の方言辞典、でしょうか。
その序を佐七が現代語訳してみました。
原文には句読点は一切出てきませんのでご注意を。
さて、著者・越谷吾山は
方言を笑う事は実は国語の歴史を知らない事を
意味し、罪である
と、この序に説いています。
物類称呼(諸国方言)序
二條(にじょう)のおととの筑波集(つくばしゅう)に、
草の名も所によりてはかわるなり、
という句に救済法師(ぎゅうさいほうし)、
なにわの芦(あし)もいせの浜萩(はまはぎ)、と附けしに
もとづきて、諸国の方言の物ひとつにして名の数々なるたぐいを
採り選びて五の巻(まき)とはなりけらし。
そもそも、いにしえを去る事遥か(はるか)にして、その言う所も
彼にうつり、これにかわりて本語を失いたるも世に多かるべし。
中にも都会(とかい)の人物(ひと)は万国の言語にわたりておのずから訛り(なまり)すくなし。
しかはあれど漢土(かんど)の音語(おんご)に泥みて(なづみて)、
却って(かえって)上古(=上代、古代)の
遺風(いふう)を忘るるにひとしく、辺鄙(へんぴ)の人は一郡一邑(いちぐんいちゆう)の方語にして、
且てにはあしく訛おほし。
されども、質素純朴に應(おう)じて、
まことに古代の遺言(いげん)をうしなわず、
大凡(おおよそ)我朝六十余州のうちにても山城と近江又美濃と尾張、
これらの国を境いて西のかた筑紫(つくし)の果てまで、
人みな直音(ちょくおん)にして平声(ひょうしょう,中国語調の発音の一種)おおし。
北は越後信濃、東にいたりては常陸および奥羽の国々、
すべて拗音(ようおん,しぇちぇじぇなどの開拗音と、くわぐわ等の合拗音)にして、上声多きは是(これ)、風土水気のしからしむるなれば、
あながちに褒貶(ほうへん)すべきにも非ず。
畿内にも俗語あれば東西の辺国(へんこく)にも雅言(がげん)ありて是非(ぜひ)しがたし。
しかしながら正音を得たるは花洛(からく,花の京都)に過べからずと今ここにあらわす
趣は其事(そのこと)の清濁(せいだく)にさのみ拘わるにもあらず。
ただ他卿(たきょう)を知らざるの児童(じどう)に戸(こ)を
出ずして略(ほぼ)万物に異名(いみょう)ある事を
さとしめて、遠方より来たれる友の詞(ことのは)を
笑わしむるの罪(つみ)をまぬがれしめんがために、
編みて(あみて)物類称呼(ぶつるいしょうこ)となづくる事になんなりぬ。
安永乙未孟春日 江都日本橋室坊 越谷吾山識
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