大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
形容詞連用形「寒う・寒く」 |
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私:京都では「さむう」でウ音便、東京では「さむく」で音便は無い。形容詞連用形にはこの様な東西対立がある。飛騨は京都と同じで「さむう」。今日はそんな話をしましょう。 君:ほほほ、うれしゅうございます。つまりは連用形ウ音便とは言っても共通語。立派な日本語。東西対立があるというのはあなたの幻想じゃないかしら。「かろ/かっ/く/う/い/い/けれ」なのよ。 私:ははは、釣られたぞ。君のその挑戦的なお言葉を実は期待していた。 君:あらいやだ。釣った魚に餌を実はやろうという魂胆なのね。ますますあなたが大嫌いになってしまったわよ。 私:いや、ゴメンネ。そういうつもりで言ったのではなくて。方言の東西対立が初めて問題となったのが明治時代だ。わかるよね。 君:ええ、そういう話題なら。明治29年(1906)の国語調査委員会「口語法調査報告書」よ。 私:釈迦に説法で申し訳ないが、文明開化とはいえ、方言乱立の当時の日本、英国ではオックスフォード辞典という立派な辞書があった時代に日本は国語の制定で四苦八苦していたんだ。万難を排してわが国初の国語辞典「言海」が出版されたのが明治22年5月15日。日本の国語の夜明けの日と言ってもいいだろう。明治政府はつまりは標準語制定を最重要の国是とした。その為にまず委員会が行ったのは日本語の実態を知る作業。全国の町村にアンケートを出し、詳細なる「口語法分布図外観」を作成した。その結果、次々と日本語の実態が白日の下にあぶりだされ、方言学が急速に発展する。そのひとつが東条操の方言区画論。また彼の片腕となって全国をしらみつぶしにフィールドワークなさったのが元富山大教授・故都竹通年雄先生(萩原町出身)。 君:「口語法分布図外観」に形容詞連用形ウ音便の俯瞰図があるのよね。 私:漠然と京都・大阪を中心とした上方方言であるくらいは皆がそれまで認識していたが、東西境界線は北アルプス、つまりは飛騨山脈である事が判明した。 君:つまりは飛騨は「さむう」、信州は「さむく」なのね。では富山・新潟と愛知・静岡はどうかしら。 私:北では富山が「さむう」、新潟は「さむく」。つまりは境目は糸魚川、親不知だと判明した。南では名古屋が「さむう」、豊橋は「さむく」。つまりは境目は矢作(やはぎ)川、三河中央、岡崎辺りだと判明した。 君:愛知県内に境目があるというのは驚きよね。なにか理由があるのかしら。 私:有るね。明治時代までの名古屋の影響力という事だ。現代でこそ東京・大阪に次ぐ日本の三大都市と言ってもよいが、江戸時代までは豊橋までの影響力が無かったという事だろう。 君:あなた、大変な大前提を言い忘れているわよ。 私:おっとそうだった。形容詞連用形ウ音便はジワリジワリと地を這って広まった言葉です、という事だね。 君:その通りよ。然も、更に二点ばかり、大切な前提条件を言い忘れているわ。 私:もう二点か。手厳しいね、君も。 君:なんなら私がお書きしましょうか。 私:いや、折角だから僕に言わせてくれ。 君:いいわよ。 私:では。そもそもが古典文法の形容詞の活用にはク活用にもシク活用にも連用形ウ音便が無い。この意味はどういう事? 君:ほほほ、やはり言わせたいのね。平安文学には形容詞連用形ウ音便が無いという事よ。中世にもありません。 私:つまりは、どういう事。 君:近世に生まれ、明治になって口語となった形容詞連用形ウ音便。つまりはこのウ音便は文語文法というよりは現代口語文法にこそ存在する言葉だという意味よ。 私:その通り。そしてこのウ音便の発信地は? 君:京都。 私:その通り。つまり、近世において京都の影響力としては東はどこまでかな。 君:勿論、皆さまが既ににお気づきよ。尾張まで。豊橋は江戸の影響を受けていた西の端。 私:そうだね。京都の影響は富山まで、つまりは北陸全体と言えるし、江戸の影響は新潟まで、とも考えられる。 君:おもしろうてやがてかなしき鵜舟(うぶね)かな。(貞享5年6月(1688):芭蕉45歳)。岐阜市、誰かが45歳の時の第三の故里よ。 まとめ・標準語と共通語の違い 日本語において標準語と共通語にほとんど差は無く、議論は不毛と言ってもよいでしょうが、あえて。 ★標準語とは時の国家権力が教育の力を用いて国内でバラバラに話されている語彙・文法・アクセント等を統一する目的で理想的、模範的な言葉を定めたものです。公用語と同じ意味とも言い換えられましょう。 ★共通語とは、その言い方ならば全国的に通用するという言い回しの事です。つまりは「いっちゃった」は共通語ですが、標準語ではありません。「いってしまった」が標準語です。飛騨方言では「いってまった」です。 ★本稿の形容詞連用形「寒う・寒く」の東西対立の話題ですが、一部の形容詞において連用形の音便有無で東西方言対立がある、という意味です。つまり「さむう・あたたこう・おおきょう・ちいそう」が公文書に用いられる事はありません。その一方で「うれしゅうございます」は口語の標準語であり、共通語であり、「うれしいです」という標準語の更に丁寧な言いかたと言えます。 |
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