大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

はんちくたい(=くやしい)

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私:つい先ほどだが、例によって寝る前に飛騨方言方言千一夜の書き物でもして、と思って、あるネット記事が目に留まったんだ。古い記事なので恐縮だが。
君:いずれリング切れね。内容の骨子は書きとどめておいたほうがいいわよ。
私:うん。飛騨の俚言形容詞に「はんちくたい(くやしい)」がある。・・岐阜県飛騨市古川町で活動する地域活性のグループ 「しゃべりばちおとめの会」です。 「悔しい、ちくしょう」という意味の「はんちくたい」、 ヘビーユーザーです。・・との事。posted:2014.2.26 from:岐阜県飛騨市
君:「悔しい、ちくしょう」が語源ではない、とおっしゃりたいのよね。
私:うん。なにせ俚言だから僕もこの言葉の語源には大変に興味をもって、何年もかけて丹念に古語辞典の隅から隅までを調べた事がある。ざっと十年ほど前。俚言故、成書その他、この世の中に答えなるものは一切、存在しない。つまりは飛騨出身の僕が語源を探し出さなければ一体全体、日本人のどなた様が「はんちくたい」の語源を見つけてくださるのですか、という気持ちだった。孤独な仕事だったよ。見つかる保証はない。
君:ほほほ、でも見つかったのね。
私:うん。見つかった。音韻、意味論、その他から間違いないと思う。
君:答えは?
私:形動ナリ「なからはんぢやくなり半半着也」が語源だと思う。
君:文例は?
私:鄙都言種(ひとことぐさ)/森嶌中良 著 ; 寫ヨ 画。室町・中世の言葉だろうね。
君:意味は?
私:ほぼ同じと言ってもいいだろう。物事を徹底して行わず、中途半端なさま。いいかげんでとどまっているさま。未熟な事。愚かしい事。
君:うーん、でもピタリ同じ意味とは言えないわよ。
私:要は、見ていてじれったい・歯がゆい、という気持ちを表す言葉が「なからはんぢやくなり」という事だ。つまりは「くやしい」という意味になる。
君:ほほほ、なるほどそうね。やはり、意味は合っているわね。
私:でも中世から近世にかけて、この言葉に変化が起きるんだ。
君:ほほほ、そのくらいなら日本人の誰もがわかるわよ。江戸語で「なまはんじゃく生半尺」に変化するのでしょ。「着」から「尺」へと、当て字をやらかしちゃったのよね。ほほほ
私:うん。正にその通り。「なから」で「半分だ・中途半端だ」の意味だが、これが「なま」という接頭語に化けてしまう。活用もナリ活用改め、形容動詞口語形活用・※近世以後用いられた形容動詞になる。
君:あらら、角川古語大辞典じゃないの。
私:ああ。とても素晴らしい世界だね。
君:それじゃ、「なからはんぢやくなり」から「はんちくたい」に音韻変化した経過をお示ししてね。
私:うん。飛騨方言では第一段階としては「なから・なま」の接頭語が真っ先になくなってしまい、「はんぢやくなり・はんじゃくじゃ」など言っていたのだろうね。
君:指定の助動詞「だ・じゃ」の東西対立では飛騨は西側に属するのよね。だから「はんじゃくじゃ」だけど、これがそのまま現代飛騨方言に引き継がれると「はんじゃくや」にならないかしら。
私:正にその通り。「や」にはなるだろうけれど、「たい」にはならない。もう一つの大問題が形動ナリ「はんぢやくなり」・形動口「はんじゃくじゃ」なのでどうやって俚言形容詞「形ク」になったのか、つまり、どうやって品詞の転成が生じたのか、という事が大問題になると思う。
君:では、品詞の転成の問題に関する合理的な説明は?
私:先に挙げた角川古語大辞典の凡例にある通り、形容動詞の種類は実は五つだ。形動ナリ、形動タリ、形動ナリ・タリ、形動タリ・ナリ、形動口。つまりは形容動詞はナリ活用もできるしタリ活用もできる。一般的には漢語はタリ活用で決まり。但し、源氏物語のように紫式部が意識してナリ活用で統一した文学作品もある。「半着也」はそもそも語幹は漢語。つまり「半着タリ」も当然、話されていただろう。そう考えると「はんちくたい」の「た」は簡単に説明がつく。「はんちくたる」という連体形が、やがて終止形との混同により「はんちくたい」の形容詞に品詞の転成が生じた事は容易に想像できる。
君:でも、文献が無いから、結局は佐七の飛騨方言ファンタジー、ひとつの仮説なのよね。
私:仮説である事は認めます。ただし、相手は俚言。僕がじいっと眼を閉じて考える事はひとつだ。飛騨のご先祖様がたが「はんじゃくじゃ・はんじゃくたる」等々をお話しになっていて、いつの間にか「はんちくたい」と言うようになったとしか考えられないんだよ。
君:辞書に「なからはんぢやくなり」を見つけた時は、「これだ!」と心の中で叫んだのね。
私:ははは、よくわかっているじゃないか。正にその通り。心の中を電撃が走った事を思い出す。俚言の語源探しは本当に楽しい。
君:良かったわね。見つかって。
私:苦労はあったが遂に見つけた。真実に到達した感、この事を僕以外の人が感ずることは難しいのでは。僕はこれで安心して死ねる。冥土への土産だ。後世が僕を評価してくれるだろう。
君:あなたって徹底しているわね。半半着・生半尺じゃないのね。ほほほ

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