大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

ひまざい(=手間、面倒)

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私:飛騨方言では、手間がかかる事・面倒な事を「ひまざい」と言うね。アクセントは平板。全国共通方言だ。
君:語源といわれてもねえ。確かに昭和の人達は使うけど、今時の若い飛騨の人達は使わないでしょ。つまり死語。
私:うん。確かに死語に近い。でも一寸の語にも五分の魂、今夜もディープな日本語の口語の歴史のお話が出来るんだよ。美濃方言では「ひまざえ」と言っているらしいね。
君:いいから結論をお願いね。
私:語源は「ひまだれ暇垂」だ。「ひまざい」が急に思い浮かんだのが三分前、小学館方言大辞典を開いて語源にたどり着くのに一分、今夜の話題作りは瞬殺技だったな。ははは
君:うーん、「ひま」が「暇」を意味するくらいは小学生でもわかる論理という事たけど、問題は「ざい」よね。最初の作業は?
私:「ひまざい」という音韻を聞かされてパッと語源が思い浮かべられないのは、何かが音韻変化して「ひまざい」になったからだよね。でも最初の2モーラ「ひま」は音韻変化しなかったのじゃないか、と思って辞典の「ひま〜」の部分を斜め読みしたら「ひまだれ」が飛び込んできた。
君:なるほど、おめでとう。続いては角川古語大辞典のお出ましね。
私:うん。残念ながら「ひまだれ」の記載は無し。でも音韻さえわかれば語源は簡単、飛騨方言「ひまざい」の語源は名詞「ひま暇」+自ラ四「たる垂」連用形「たれ」。つまり単純語たる体言二つの複合語のなかでも癒合語。連濁の法則(ライマンの法則)によって「ひまたれ」が「ひまだれ」になった事は書くまでも無い。
君:なるほど全国各地の方言には「ひまたれ」もありそうね。
私:有らいでか。宮城県栗原郡の方言資料に記載がある。「ひまだれくさい(=時間潰しになって勿体ない)」という言い方もある。これは青森県。
君:なるほど、語源は「ひまたれ暇垂」ということね。でも古語辞典には無かったのよね。古典文学では使われなかった語彙という事もわかるわね。
私:その通り。古語辞典に記載があれば古語、当たり前の話だけど。でも、逆は必ずしも真ならず。古語辞典に記載が無いからと言って古語でないとは言えない。要は背理法。言海(1889)以降に出版された複数国語辞典にも「ひまだれ」の記載は見当たらない。つまりは方言という口語だけの世界の語彙だった。
君:でも方言学が日本語の語彙の語源の謎解きに迫る事ができるなんて、本当に面白いわね。
私:道を間違えた。国語は面白い。高校時代はそれほど好きでも無かったのだが。高校生左七は数学が三度の飯より好きだった。彼は京大理学部数学科に魅せられていた。本日の結論だが、我が青春の再発見。高校生の左七に教えてやりたいくらいだ。コロンブスの卵だな。答えを知ってしまえばしめたもの。「ひまたれ暇垂」から派生した全国の方言は相当な数。思わずはまり込んでしまいたくなる。
君:あら、次回からは「君」のアバターを高校生左七にしたらどうなの。当サイトに一年以上もレギュラー出演している私なので、マンネリというお声もあるんじゃないの。
私:まあね。但し、最近の記事はエキセントリックになっているので、僕のお話相手は国語のプロでないと困るんだ。という事で、この言葉は美濃から飛騨へ伝搬した、と推察できる。
君:うーん、飛騨「ひまざい」の古形が美濃「ひまざえ」なのでは、つまりは母音交替、というお考えね。理屈は簡単よ。自ラ四の連用形で体言だからエ段の音韻からイ段の音韻に変化したに決まっているわよ。逆の現象、つまり、イ段からエ段への音韻変化なんて考えられないわよ。
私:その通り。その裏付けだが、実は「ひまだえ」という音韻があるんだよ。新潟県中頚城郡。要は子音 r の脱落。
君:なるほど。「ひまだえ」から「ひまざえ」に音韻変化したのでは、とお考えね。
私:そう。この語の最古形「ひまたれ暇垂」は和語じゃないかな。これが「地を這うような形」で全国に広まり、徐々に音韻変化したのでは。
君:ほほほ、あなた、そろそろオチにしては。
私:そうだね。
君:こうやって小一時間ほど「ひまざい」にして随想を書いて、後は寝るだけね。
私:うん、今夜も方言の神様に会えたな。末筆ながら全国の皆様も長々とした駄文をお読みくださって「ひまだれくさい」のに、有難うございます。
君:in-depth study ね。おーい、高校生の左七君、将来のあなたは不惑に近いのに国語学にはまっているわよ。ほほほ

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