大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
ひつける(=ひっつける) |
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私:共通語で促音便であるところを飛騨方言では省略して、というような単純なお話では無いので、正直申し上げると、今夜の飛騨方言千一夜はどうやってまとめようか、悩んでいる。 君:ならば、今夜は他動詞だけに限定したほうがいいわよ。 私:そうだね。 君:まずは共通語「ひっつける」だけど、これは「ひっつくようにする」「ひきつける・ひきつかせる」、そして意味は「引っ張ってそこにくっつける、手元へ引き寄せる」「かこつける(自説にひきつけて解釈)」「人の心を魅了する(人を引き付ける話術)」「証拠として明示する」等々、それこそ意味が多岐だわね。 私:そうなんだよ。飛騨方言では専ら「くっつける」の意味で用いられていると思う。かこつける、魅了する、等の修辞学的な意味は無いと思うが、この辺が方言の素朴なところだね。 君:方言はそもそもが日常会話の話し言葉よね。 私:そう。哲学的な命題が論じられる事は無い。その反面、同郷同士で心を通わすには、やはり方言でなくちゃ、という面もある。 君:既に抽象的じゃないの。促音便の音韻学のお話に終始しちゃ駄目よ。 私:うん。ほっこりとした方言らしい話にしよう。飛騨方言では「結婚させる」という意味で用いる。「親同士がかってに話し合い、花子と左七をひつける」、ご丁寧にもさらに使役形の形にして「ひつけさせる」という事もあるね。 君:「させる」は助動詞だわよ。文語は「す・さす・しむ」、これが口語で「せる・させる・しめる」。接続則は文語も口語も同じね。 私:そうだね。何が何でも二人を結ばせるという両家の親の強固な意志を感ずる。怖いね、飛騨って。でも村ではこれが当たり前。皆が思っている事は、誰と一緒になっても人生は大きくは変わらないという事。仏教の教えがいきわたっている。有無同然という。この僕がいい例かも、結婚がうまくいく人は誰と結婚しても幸せになれる人、という意味だ。人生というものの選択肢は実は一つしか無いと言い換える事もできる。大西村には離婚という方程式は無い。ぶっ 君:でも共通語でも自他動詞「くっつく・くっつける」には男女の仲を示す意味があるわよ。 私:そうだね。「くつく・くつける」と内省してみても、飛騨方言のセンスには会っていると思う。但し、両音韻は小学館日本方言大辞典に記載が無いので、あくまでも左七の個人的見解という事でお願いします。ところで「くっつく」の語源を知ってるかい。 君:さあ、考えた事も無いわ。「くきつける」では意味が通らないわね。 私:諸説あるが「食ひつける」とする説が有力だ。 君:なるほど「くいっつける」が「くっつける」になったのね。 私:では、お定まりの話題、古語の話に移ろう。こちらは共通語や方言の世界と違って、茫然自失、言葉も無いね。 君:ほほほ、動詞の自他が同型で自カ四・他カ下ニ「ひっつく引付」ね。 私:うん。当然ながら、そもそもが後項動詞「つく付」が自カ四・他カ下ニで同型。更に接尾語としての「つく」が二つある。接尾語も活用はカ四・カ下ニ自の二種だけれど、自他ではなく共に自動詞的な意味。多くは口語にも生きている。例えば接尾カ四「秋づく、夕づく、ふらつく」、接尾下二「使ひつける(使い慣れている)、佐七の行きつけのバー」等々。要は文語・口語共にで「つく」というのは四品詞なんだ。これは 2(動詞か接尾語か) x 2(活用が四段か下二か)=4 のマトリックス。然も角川古語大辞典には自カ四で25種の記載があり、他カ下ニでは17種の記載がある。つまりは文語で「つく」は自他あわせて42種類の意味を持つ多義語動詞の王者だね。 君:そういわれてみればそうね。でも時代の変遷があるでしょ。上古の意味、中世の意味、近世語に分類できるわよ。 私:興味はあるが、自分でそれをやるのは時間の無駄。どなたかが既にお書きになっていないか、まずは調べる事からかな。 君:やれやれ、今夜は迫力無いわね。方言の神様はどうしたの? 私:今夜の収穫としては、飛騨方言においては促音便が更に短呼化する事がある、という事実の発見かな。共通語「やっつける」だが、飛騨方言では「やつける」という事を突然に思い出したよ。がはは 君:なるほど。となるとしめたもの、考え詰めれば、他にも飛騨方言がありそうね。 私:まさにその通り。そこで威力を発揮すのが大修館の日本語逆引き辞典。さっそく調べたが、残念、残りはたったひとつ、「くっつける」だけだった。何のことはない、「ひつける・くつける・やつける」たったの三つの動詞、これで飛騨方言は出尽くしたというのが今夜の結論。 君:でも促音便の動詞はまだまだあるわよ。「ひっぱたく」とか。 私:でも、飛騨方言では「ひぱたく」とは絶対に言わないね。「ひっつける」は「ひつける」になるのにどうしてなんだろう。不思議だ。要は語根がパ行、半濁音だと促音便は短呼化出来ないという飛騨方言の文法が存在する。「ひっぱがす」は合格、「ひぱがす」はナンセンス。 君:半濁音以外、例えば「ひっこむ」はどうかしら。 私:おっ、するどいね。「ひこむ」は有りだな。「左七はつまらん文章ばっか書かんすと、ひこんどれ(書いていないで引っ込んでろ)」は飛騨方言だ。 君:つまりは、ほほほ、あなたの前頭葉には無尽蔵に飛騨方言が詰まっているのよ。 私:というか、僕が特殊な飛騨人なのではない。僕はただ、大西村の日常会話をここに記載しているだけ。四人の祖父母と僕の語彙数は同じだと思う。 君:それは短絡的ね。飛騨方言は急速に消滅しつつある事から考えて見ても、戦前の方々はあなたの更に数倍の語彙をお持ちだったはずよ。 私:その通り。現代語、学術語など、確かに専門分野の語彙は各人が持っているが、このサイトで問題とするのは飛騨方言の語彙、そして語源。 君:そして、左七はそれを古語と「ひつける・くつける」のよね。そうして今夜の飛騨方言千一夜の仕事を「やつける」。ほほほ |
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