大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
いきる(熱る) |
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私:今日は飛騨方言動詞「いきる」について。意味は「暑さをヒシヒシと感ずる」というような意味だが。 君:高山盆地ってフェーン現象で夏はとても暑いのよね。それでも夕方や夜はヒンヤリだわ。 私:江戸時代の江戸の言葉という事なのだが、実は言海にも大言海にも「いきる(熱る)」の記載があるんだよ。 君:なら、戦前辺りまでは中央では話されていた言葉じゃないの? 私:いや、それがどうもそうでは無くて、大言海などは顕著だが実は古語辞典なんだ。 君:どおりで。つまりは当時の現代国語辞典じゃなくて、あらゆる古語まで記載されているのね。 私:その通り。つまりは大言海は言葉の年代測定に役立つ事も役立たない事もある、というわけ。 君:大なり小なり言海にもその傾向があるのよね。 私:ははは、推して知るべし。 君:「いきる(熱る)」って近世語なのよね。 私:ははは、今日は君から仕掛けてきたな。その手には乗らないぞ。 君:うーん、ひっかからなかったのね、あなた。 私:そうだ。古語辞典で「いきる(熱る)」の出典をしらみつぶしに調べてみた。天下の旺文社古語辞典に物申す。 君:近世語と書かれているのよね。偏旁冠足は火偏。出典は近松。 私:ひいき目に考えて、上代では「熱る」(自ラ四)だったものの、近世になって「偏旁冠足は火偏る」(自ラ四)という事で漢字表記が変わったから近世語の扱いという事なんだろうかね。 君:さあ。 私:ははは、音韻は上代から「い・き・る」だと思うよ。それが証拠に日葡辞書に Iqiri, ru, itta. Miga Ikiru の記載があったよ。「身がいきる」「身がいきった」というように促音便であった事もまるわかりだ。 君:日葡辞書に記載が有る時点で近世語では無く少なくとも中世語という事になるのよね。 私:まあ、そんなところだ。しかも岩波古語の出典は遊仙窟(醍醐寺・鎌倉期)、大修館・古語林の出典は三宝絵(さんぼうえ)、つまりは円融天皇の永観2年(984年)11月に成立という事で、どう考えても中世の言葉。だから旺文社の近世語という記載は間違いと言える。 君:日葡辞書に記載が有るという事は安土桃山時代に畿内では「いきる・いきった」が庶民の言葉として盛んに用いられていた、という意味なのよね。 私:だと思う。 君:近世、浄瑠璃や近松では盛んに出てくる語彙なので、その意味においては近世語の記述で良いという意味かしら。 私:さあ、どうだか。鎌倉や安土桃山時代だって盛んに話されていたかもしれないじゃないか。 君:ところで、ここは語源のコーナーよ。 私:実はね、それで僕は非常に困っているんだ。語源と言えば大活躍するのが岩波古語。とにかく大野晋先生は語源で攻めまくるお方だからね。ただし、岩波古語にすら語源の記載は無い。これってワンちゃんが暑さにあえいで息をハーハーやっている例えを出すまでも無く、「いき息」+「きる切る」が語源なんだろうね。「いきる」は自ラ四なので当然ながら「きる切る」は他ラ四というわけだ。 君:庶民的感覚からはうなづけるわ。「いききる」から「いきる」へと単モーラの脱落も自然だと思うし。 私:我々のような素人が容易に気づけるような語源を何故、古語辞典には記載してくださらないのだろう。えい、じれったい。 君:ほほほ、理由は簡単、あなたにこの文章を書かせるためよ。 私:君まで僕を馬鹿にして。ところでこの動詞の体言化で実はとんでもない日本語の乱れがあるね。 君:ほほほ、「いきり」と「いきれ」の二つの語彙の記載がある事よね。 私:その通り。「いきる」は自ラ四だから名詞にするなら「いきり」、それを「いきれ」とは一体全体どういう了見なのだろう? 君:ほほほ、その理由も簡単。あなたを怒らせるためよ。でも言葉は意味が通じさえすればいいのだから、重箱の隅のお話はなさらない事よ。 私:じゃあ、こういう話ならどうだろう。「きる切る」のもうひとつの活用が自ラ下二だから「いききれたり」転じて「いきれ」 君:ほほほ。名解答じゃない。つまりは「いきる(熱る)」は「自ラ四・自ラ下二」の二通りの活用が存在した結果、用言に対応する体言、つまりは連用形としては「いきり・いきれ」の二つが出来たのよ。 私:うーん、なんだか君にからかわれているような気がするな。そんな理論にうかうかと乗るような僕じゃないぞ。下があれば上もある話ならどうだい? 君:下と上?あっ、わかったわ。「いく生く」つまりは自カ上二ね。「熱る」が下二、そして「生く」カ上二と「生きる」ラ上一、という事よね。 私:ははは、そうだよ。 君:「いく生く」は元々は自カ四だったのよね。例えば源氏で「いかまほし」とか。それがいつの間にか上二になっちゃったのだわ。徒然で「いきざらむ」とか。 私:そうだね。そして「生きる」上一となったのが明治時代だ。江戸時代はまだ上二だったようだね。ひとつの動詞なのに四段・上二・上一と変化してきたなんて凄いね。 君:「熱る」だって元々は自ラ四だったのに自ラ下二まで出てくるなんて凄いわよ。 私:素人が気づく語源の記載がないのが奥ゆかしい言葉だな。 君:ところで全国の方言では「いきり・いきれ」の二通りなのでしょうね。 私:その通り。更には「いきれったい」という形容詞に変化している地方まであったのには驚いたよ。岩手・福島・新潟だ。 君:「いきる」あるいは「あつい」と一言、言えばよいような気もするけれど、微妙な意味合いの違いがあるのかしら。ほほほ |
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