大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

いせきない(=せっかちだ)

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私:さて、寝る前に数分ほど文を書くかと思った矢先に俚言を思い出して大変に気分がいい。
君:俚言とは、全国は広しと言えども当該地方でしか話されない特殊な方言という意味ね。
私:その通り。全国共通方言の語源の探索は極めて容易、古語から容易に類推できるものばかりだし、各種の資料にあたれば記載があるが、俚言はそうもいかない。これにはたった一つの理由がある。わかるよね。
君:わからないわ、あなたの考えている事は。
私:まあ、好きなようにからかいなさい。京言葉や江戸語の辞典というものがあるのは夥しい書物、研究書があるからという事。関心を寄せる研究者が多いし、京都や東京出身の学者様も多いだろう。ところが飛騨地方と言っても旧高山市は人口がせいぜい五万の小さな町。飛騨全体を合わせても十五万人程度。飛騨方言の書籍は皆無に近いし、飛騨出身の国語学者・方言研究家も皆無に近い。民俗学的見地に立って、ご先祖様の飛騨方言に想像をめぐらして左七が自力で考えるしかないんだ。これが俚言の語源探索の難しさ。誰も教えてくれません。俺がやらなきゃ誰がやる、という根性が大切。ぶふっ
君:それで、イセキナイの語源の見当はついたの?
私:まずは各種資料にあたったが、飛騨以外では話されていないという事で、小学館日本方言大辞典にて飛騨の俚言である事は確認できた。意味だけははっきりしている。せっかちな、という意味。語源探しの為に真っ先に飛びついたのが逆引き辞典。二つある。わかるかな。
君:わからないわ、あなたの考えている事は。
私:まあ、好きなようにからかいなさい。ひとつは三省堂の現代語から古語が引ける古語類語辞典。「せっかち」の項目を見るんだ。こころとし心疾、こころばや心早、こころみぢかし心短、はやりか逸、ひききり引切、みじかし短、ものさわがし物騒。以上。つまりは古語からの語源類推は不発。
君:現代語では、ひっきりなし・ぶっそう、などというわね。収穫じゃないの。ほほほ
私:まあね。続いては小学館標準語引き日本方言辞典にあたったんだ。見出しは、やはり「せっかち」。そしてここに糸口を発見した。
君:日本全国でせっかちの意味の方言を何というか漏らさず書いてあるのね。
私:その通り。地名は省くが、いったくらぜ、いら、いらいら、いらこし、いられ、きぜき、きもみ、くわちゅー、さっきゃく、さっそく、さっそくさー、せきたん、せわしなや、ぜんき、とっき、とっきとっき、とっつき、等々。延々と続く。切りがない。
君:そこから糸口を探せ、というのね。
私:国語問題の有難い所、つまりは答えは本文に書いてある。きぜき、きもみ、とくれば誰でもピンと来るだろう。
君:なるほどね。気がせく、気をもむ、の意味で決まりね。
私:そのとおり。だから、イセキナイのセキは、動カ四せく「急」の連用形で決まりだ。
君:なるほど、5モーラの中で最重要の音韻がセキ。つまりは、イは接頭語で、ナイは形動ナリの派生語というわけね。
私:まあ、そんなところだろう。ただし文献も何も無いのであくまでも左七による一仮説。
君:多分、い異・威+せきぬなり、だわよ。あるいは、せきぬ事なり。
私:わお!!!!素晴らしい。その通りだ。完了・過去の「つ、ぬ、たり、り、き」だよね。「ぬなり」が「ない」に化けたと考えればドンピシャリじゃないか。こうなってくると方言学は立派な形而上の学問だよね。
君:ほほほ、たまたま思いついただけよ。
私:まてよ。そもそもが「せきぬなり」と言って「せきない」になったのだろうが、これではパンチが足りないという事で接頭語「い」が後の世に付加、という事なんじゃないの?
君:接頭語「い」なんてあったかしらね。
私:何かの言葉が「い」になった可能性もある。とりとめのない話だ。
君:どちらにしても形動ナリが形容詞になっちゃったようなので、つまりは品詞の転成ね。この言葉の語源探索の難易度はトップクラスね。ほほほ

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