大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
かんなり |
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私:飛騨方言でカミナリの事を「かんなり」というのたが。 君:ほほほ、撥音便がどうしたというの。つまらなそうなお話ね。 私:頭ごなしも結構ですが、実は撥音便の歴史でも語ろうと思ってね。 君:古語辞典を調べたのよね。 私:その通り。その前に、カミナリの語源は「神鳴り」、これはいいよね。古代の人々は突然に空が鳴り響く事を神のお怒りと感じた。 君:そうかしら。日照りが続いていた時のカミナリ、さあ雨を降らすぞ、という合図でもあったわよね。 私:そうだね。お怒りの声という意味では上代では「いかづち」、つまり「いか厳」+上代連体助詞「つ」+「ち霊」を使ったんだよね。尤も、こちらは飛騨方言にはなっていないけれど。一方、「かんなり雷鳴り」は古語辞典に記載がある(宇津保・楼上下)。まずはめでたし。いつもの理論ながら、平安時代に延べ四万人の飛騨工が都と飛騨を行き来していた。「かんなり」は京の都直輸入の可能性が高い。更には撥音便が平安中期には完成していた事もわかる。 君:撥音便の誕生は平安初期かしらね。 私:そうだね。ひとつはっきりしている事は、上代特殊仮名でもわかるように、古事記には「ん」の表記が無いという事。国学者・本居宣長も上代には日本語に「ん」の発音は無かった事を説いている。日本の読み方は「にほむ」だ。書くまでも無いだろうか敢えて、そもそもが「かみ神」という和語があった。古語辞典にざっと十以上の単語がある。やがて「かみ・かむ」の二通りの言い方が出来た。「かむ」の言葉は「かむあがる神上」(万2)等々、万葉集の言葉に集中している。「かん」の言葉となると語彙そのものが少ない。「神無月」「神奈備」「雷鳴り」程度かな。古事記では「かみ」の音韻のみだっけ?、最も古いといわれるのが「かみ・かむ」(かみさぶ・かむさぶ)、そして「こう」(こうさぶ)ウ音便が出現、つまり「かみ・かむ・こう」、遂には撥音便が出現「かみ・かむ・こう・かん」と四通りの音韻になったのだろうね。こうなってくると、今流の言葉を借りるならば「かん」が最もナウい音韻という事になる。「かむ・かん」はやがて廃れ、現代の音韻としては「かみ・こう」。 君:神戸の地名は古そうね。地名や苗字の「神田」はどうかしら。 私:全国にあるね。岐阜県の地名としては、加茂郡神田郷、加茂郡神田神社、神田町は大垣市・岐阜市・高山市の三か所、神田村は加茂郡・瑞浪市の二か所、以上だ。苗字の神田は全国区でしょう。 君:古語辞典には「しん・じん神」の言葉も多いわね。こちらの音韻で「かみなり」の意味の単語は無いわね。 私:「かんなり・いかづち」の二語で十分じゃないかな。それに「かみ」が「かん」になると漢語っぽくてかっこいいし。 君:ほほほ、日葡辞書も調べたのよね。 私:おっ、するどいな。実は「かんなり」の記載は無い。あるのは Caminari のみ。つまりは平安時代にナウい言い方という事で撥音便「かんなり」が出来たものの、やはりダサい響きじゃないか、という事で中央では「かみなり」が生き延びで現代に至るという訳だ。 君:飛騨でも同じでしょう。「かんなり」って戦前生まれの人達以外は普通、使わないわよ。 私:1953生まれの僕だが、明治生まれの祖父母の影響で幼い頃は使っていたね。怖くて布団をひっかぶっていた。 君:ほほほ、花火も怖かったでしょ。 私:えーっ、よくわかるね。その通り、亡き祖母に連れられ、バスに乗り、町へ花火を見に行った。怖くて祖母にしがみついた事を覚えている。五歳ころだっただろう。60年以上も昔の話だ。脱線してしまったが、奈良時代に「ん」は存在せず、「ん」が現れるのは平安時代、800年ころから。民衆の文化が言語として書き表されるようになってから。必然的に撥音便が生まれたが、「かんなり」に関しては一時の流行だったようだ。日本の狭い地方において方言「かんなり・飛騨」「かんなる・富山」「かんなれ・石川」が散見される。 君:「かんなる・富山」「かんなれ・石川」は流石に飛騨工とは関係ないわよ。 私:ははは、そうだね。でも隣県同士だから、日本海ルートという事かもね。 君:あなたは何でも屁理屈を通そうとしていらっしゃるわ。 私:まあ、何とでも言いなされ。古語辞典に飛騨方言を発見する。しかも王朝文学時代そのままの言葉だよ。富山県民、石川県民の方々には非礼をまずお詫び申し上げたいが、飛騨方言では平安時代から一切、訛っていない。僕はね、そんな飛騨方言って本当にかっこいいと思っているんだ。 君:その通り、共通語・方言のバイリンガルって誇らしい事よ。しかも飛騨方言は発音明瞭、訛り無し。フレー・フレー飛騨方言、よね。 私:昔は、この飛騨方言ってのが嫌いでしかたなかったやけどいな。 君:それが、こうやって毎日、原稿かいてござるんやで、たいてでないさなぁ(並大抵な事ではないのよね)。 ref. 新潮新書「ん 日本最後の謎に挑む」山口謡司 ISBN978-4-10-610349-0 上記はほんのおさわりの紹介です。同書では国語の歴史一般のみならず仏教用語についても深く学べます。 |
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