大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
けつかる(=してやがる) |
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私:いつまで続く飛騨方言千一夜。今夜は罵詈雑言(ばりぞうごん)のお話を。 君:語源を考える場合、これはもうお尻を連想するしかないわね。 私:勿論そうだ、と言いたいところだが、物事には順序というものがある。「けつ」はいつの時代からの言葉? 君:いかにも江戸語。つまりは近世語でしょ。 私:ご名答だ。角川古語大辞典には一般名詞としての記載があるが、文例は膝栗毛、柳多留、等。これに対する和語、つまりは上古の言葉と言えば何? 君:失礼な質問ね。「しり尻」よ。 私:そう。「しり尻」は神代紀にも出てくる。現代語に生き延びた言葉。「くち・さき」と対義関係にあった「しり」。ただし普通は露出すべきでない部分という事で、「ゐさらひ・おゐど」などの雅語もあったが死語になった。そこへ突然に江戸時代に出現した「けつ穴」。元々は身体部分を示す言葉ではなかった。 君:何を当たり前の事を言っているの。意味は「あな」よ。洞穴、墓穴、等々。 私:そうだね。要は漢語。江戸時代の漢語と言えば現代の英語のようなもので、漢語を駆使できる事は教養人の必須条件、つまりはちょいとした遊び心から身体部分で穴になっている部分を「けつ」と言うようになったのだよね。それともう一つは灸から来た言葉だ。灸をすえる時の定まった場所、ツボ、を要穴、灸穴と言う。 君:おっしゃりたい事は、江戸時代に名詞「けつ穴(=あな)」が漢語から取り入れられ、あっという間に「しり尻」の意味になったという事ね。 私:まあそんな所だ。語誌というものは中々、味わい深い。「けつ」から近世の卑罵語(ひばご)「けつかる」が直ぐに生まれたのは当然と考えるべきだろう。蛇足ながら活用は自ラ四で、現代語の自ラ五(自動詞ラ行五段)に移行する。更に発展してラ行四段補助動詞「けつかる」も生まれた。ここで一つ面白い現象がある事を、つい先ほど発見した。ヒントは敬意逓減の法則。わかるよね。 君:ええ、貴方とのおつきあいも長いのでそりゃあもうわかるわよ。元々は悪い意味ではなかったものの、あっという間に悪い意味に使われるようになり、こうなると悪くは無い意味で使われる事は無くなった、という事ね。かくして卑罵語「けつかる」が誕生した、という事ね。 私:その通りだ。何も付け足す事はない。しいて言えば、頭の方から尻の方へ、という事で「けつかる」はアスペクト型動詞だった。意味としては「行く」「と書いてある」「という事だ」。これもどうしてそんな意味なのか、分かるよね。 君:ええ、わかるわ。「行く」の意味とは先っぽの方へ移動する、という意味で、町の外れへ行くとか、岬の先端に行くとか、の意味でしょ。「という事だ」という使用法は「きちんと最後のほうまで読めば何が書かれているか理解できるよね」という意味なのね。 私:まさにその通り。ただし「けつ」は「お尻」の意味が席巻するや、「けつかる」は卑罵語になった。「けつの穴が大きい・小さい」という表現は度胸の大小の比喩表現だが、これも江戸時代の言葉だ。 君:ほほほ、今でも使うわね。 私:そう。私は家内によく言われる。自分の性格が慎重すぎるのが度胸が足りないと映るようだ。 君:ほほほ、そのように受け流す事が出来るという事は度量が大きいという事よ。卑罵語を言われてついカッとなるのは大人のマナーじゃないわ。 私:そうだね。そういう時の僕なりの受け流しの常套句は、えっ・よくおわかりになりましたね・いやあ・よく言われるんですよ・やはり・そんな風にみえますか。 君:慇懃無礼という言葉もあるわよ。 私:うん、これも気を付けなくては。一応はおじんギャグ。ところで小学館・日本方言大辞典を見たら「けつ」の見出しはあるし、各種の音韻変化は当然として、意味も卑罵で決まりなんだが、「けつかる」の記載が無い。 君:ほほほ、そんな事もわからないのね。長々とお書きになってからの意見で申し訳ないけれど、現代語・俗語、という事だからよ。第一に貴方自身が現代語の自ラ五に移行、とお書きだわね。若しかして飛騨方言に限ってという枕詞をお忘れかしら。 私:うーん、なるほどね。そういう面も確かにあるね。ただし飛騨方言では頻用される言い回しじゃないかな。男性の言葉だよね。それに飛騨は江戸時代はずうっと天領だった。江戸語が直輸入されたのでは、と想像するに難くない。 君:卑罵語はあまり使わないほうがいいわよ。 私:なんて言ってけつかるんだ。卑罵語のどこが悪い。使うべき時には使ってけつかれ。 君:あら挑発ね。えっ・よくおわかりね・いやあ・よく言われるのよ・私って・やはり・そんな風にみえるのかしら。ほほほ |
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