大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

またじ(かたづけ)

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私:飛騨方言では片づけの事を「またじ」という。アクセントは平板型。俚言ではなく、全国の方言。各種資料によると新潟県、石川県、長野県の方言。お隣・富山では「またい」というそうだが。
君:となると語源は古語で決まりという事ね。
私:ああ、そうだ。石川・富山・飛騨と言えばなんとなく日本海ルートで繋がりがあるような気もするしね。富山県のみ「またい」で、同県を囲む石川・岐阜・新潟が「またじ」なのだから、富山の「またい」は「またじ」の音韻変化なのだろう。当サイトを開設して早、15年。開設二年目に「またじ」の語源は「またし全」形クの説を書いた。
君:あら急にまた。何か、心境の変化?
私:その通り。「またし全」語源説については、いまひとつ、方言の神様と握手できた感じがしないんだ。さて、古語「またし全」形クの意味のひとつが「欠けるところなく完全だ」。飛騨方言で雪かきの事を「ゆきまたじ」と言うが、奇麗に雪を掃除するというような意味でもあるし。「またじ」は「またし全」の語幹と同一であるし、それに飛騨方言では形容詞はウ音便とサ行イ音便。従って「またしゅうす為」あたりが「またしょうする」「またしをする」と言うようになり、形容詞から名詞への転成が生じたのではないかと考えた。各種方言資料で「またじ」の語源について考察したものはなく、小生のネット発言が唯一の資料である可能性が高いと思う。
君:それじゃ単なる自慢話というか、ひとりよがり説、自己満足になっちゃうわよ。
私:その通りだ。
君:どのような点が未だにひっかかるのかしら?
私:やはり、言葉の意味だね。今年の収穫と言えば角川古語大辞典全五巻を手に入れた事。「またし全」形クについて五つの意味を説いている。1欠けたところのないさま。完全であるさま。2純真で正直なさま。3おとなしいさま。柔和なさま。4敏感でなく、鈍いさま。5警戒心が敏感でなく、だまされやすいさま。甘い。
君:「ゆきまたじ」に当てはめると雪かきどころが「雪が欠けたところのないさま」、むしろ大雪の意味になっちゃうわね。
私:そう言われても仕方が無い。雪を除いた箇所がひとかけらもないさま、とでも解釈したいところなんだけどね。
君:音韻の変化についてはどうお思いなの?
私:これはとてもシックリ行く。形容詞から名詞への品詞の転成についても、いかにもありそうなお話だよね。
君:でも音韻と言えば、古語のフレーズ「待たじ」などは飛騨方言の音韻そのものだわよ。
私:確かにね。打消し推量の助動詞「じ」か。一般的には「〜まい」と訳せばいいんだよね。つまりは「待たまい」。でも意味としては待つことは無いだろう、決して待たないようにするつもりだ、という事で意味的には完全にアウト。
君:王朝文学では「待つ」は重要単語なのよね。妻問婚の時代だから、女性がひたすら男性を待ちわびる意味。これで解釈すると「ゆきまたじ」は「雪よ、どうか降らないでくれ」という意味になっちゃうわね。ほほほ
私:そうなんだよ。音韻はドンピシャリだが意味は支離滅裂といったところだね。あれこれ語源に関して思いを巡らすのは人間の自由だが、なにせ方言故、飛騨方言をお話しにならないかたにとっては不毛の議論という事になるのだろう。
君:他に候補はないかしら。
私:音韻が似通っていると言えば「まだし未」形シクがある。意味は「時間が早すぎる・まだ時期が熟していない」、だから「ゆきまたじ」が「明日は大雪です」の意味になってしまうよ。やれやれ
君:飛騨方言「またじ」が平板アクセントである事も少し気がかりよね。
私:その通りだ。「またじ」で三拍だが、実は幻の音韻が語頭にあってそれが脱落し三拍になってしまった可能性がある。この点において平板型の名詞の語源の探究の難易度は飛躍的に高い。いやになってしまう。でも地道に考える事。成功例もある。
君:ほほほ、成功例とは?
私:よくぞ聞いてくださいました。飛騨方言「がで(分量)」、アクセントは平板。語源は「使い出」。間違いないと思う。これに気づくのに十年かかった。こわいのは「で」の音韻がビクともしていない事。共通語でも「あいつはどこそこの出(出身)だ。」「水道の出がよくない。」の文例の如く「で」は独立語だ。だから「またじ」の語源が「【また】に変化した何か別の音韻」+独立語「じ」の可能性があるとしたらどうだろう。
君:古語名詞で「じ」と言えば、まずは示、字、自、時、慈、辞。漢和辞典にはもっと沢山あるわよ。あなた、どうする気?
私:なんとか納得できる語源にお目にかかれないかと思って考え続けているんだけど。これが僕の「人生のまたじ」。
君:終活ね。ご苦労様。明日在りと思ふ心の仇桜、夜半(よは)に嵐の吹かぬものかは。つまりは今日の一応の結論は「(ゆき)またじ」の語源は「(ゆき)またし全」、つまりはクリアランス (snow) clearance (possibly your epitaph) が語源という事ね。 ほほほ

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