大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

まわし(=準備)

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私:表題は愛知・岐阜の代表的方言だが、古語に由来し、全国各地に残っている。
君:それでは議論にならないじゃないの。
私:方言エッセイ集によく出てくる小ネタで、お相撲さんの「まわし」と勘違い、という定番記事が多いね。
君:語源は他サ四「まはす回・廻」連用形よね。
私:いかにも。方言学の基礎としては、小学館日本方言大辞典には同語の派生語を含めて名詞「まわり回」のみだしで23通りの意味の説明がある。準備もその一つ。
君:へえ。他の意味を少しだけ列挙してみてちょうだい。
私:お安い御用だ。周囲、近所、頃、値段、金回り、おかず、ふんどし、等々。
君:ふんどしはお相撲さんの「まわし」に通ずるわね。
私:まことにもってつかみどころのない言葉の「まわし」。ただし愛知・岐阜では「準備」の意味に限定。
君:ほほほ、わかったわ。方言量としては極めて少なく、そしてその意味では各地で様々なれど、各地とも意味はひとつに限定、という意味ね。
私:そりゃ当たり前さ。方言量は10に満たない。まわり、まり、まやし、まつし、まおし、程度。愛知・岐阜で「まわし」の意味が23通りもあっちゃたまったもんじゃない。
君:古語のお話にしましょうよ。
私:おっとそうこなくちゃ。自他対だな。他サ四「まはす」に対して自ハ四(自動詞ハ行四段)「まふ」・自ラ四「まはる」。皆、和語だが、古代に「まふ」、やがて他動詞「まはす」・自動詞「まはる」の別が生まれた。
君:そしてこれがハ行転呼音となるのね。
私:そう。「まわす・まわる」、中世語・近世語の誕生だ。既に意味も俄然、多彩になっているが、江戸語で際立っているのが吉原の遊里語、及び岡場所語だな。ちょっぴり大人の世界。
君:岡場所とは?
私:官許の吉原に対し、非公認の深川・品川・新宿などの遊里。こういう世俗の知識も国語の理解には必要だ。
君:つまりはあれの準備ね。
私:そう。あれの準備。ところで廻し男とは、女郎の世話をしてあれこれ使いをする下男。廻し女とは数人の客をてきぱきとこなす女郎。ザ・ビジネス。
君:つまりは、なんとまあ、飛騨方言の意味としては廻し男さんの事じゃないの。
私:そういう事。それを言いたくて今夜は記事を書いた。ここは良い子の方言教室なので、今夜はここまで。
君:でも、誤解を招きかねない記事ね。近世であれ、いつの時代であれ、飛騨には女郎ビジネスはなかったでしょ。
私:その通りだ。つまりは飛騨で使われたのは言葉だけ。廻し、と言えば、農耕の準備とか、村祭りの準備とか、そのような限定された意味。
君:そうでアリンス。花のお江戸は飛騨方言とは無関係だわね。ほほほ
《まとめ》日常語「まわし」の方言量は極めて少ないのですが、多義語の横綱ともいえますね。全国各地で様々な意味で用いられている事に驚きを禁じ得ません。理由はたったひとつ、「まわし」が抽象語だからです。解釈のし放題という訳です。その一方、和語「やま」の方言量は1、そして意味もひとつです。つまり、即物的な名詞である「やま」は、たった一つの概念です。この言葉の方言は存在しません。

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