大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

のくとまる(温まる)

戻る

私:飛騨方言ではお風呂に入ってからだが温まる事を「のくとまる」と言う。
君:お風呂と言わず、焚火とか、分厚い服装とか、身体が温まる場合に限るわね。
私:語源については書くまでも無い事だと思うが。
君:「ぬくし温」(形ク)+「とどまる留」(自ラ四)の複合語よね。
私:僕も勿論、そのように考えるが、古語には「ぬくとし温」(形ク)もある。
君:同根である事は書かずもがなとして、「ぬくし」「ぬくとし」両語はどちらがより古い言葉かしらね。
私:ははは、それはとても簡単な質問だ。「ぬくし」は鎌倉時代の語源辞書・名語記(みょうごき)に記載されている。初稿6巻本は文永5年(1268年)成立。 増補の10巻本は建治元年(1275年)に北条実時に献上された。つまりは平安末期の言葉。一方、「ぬくとし」は近世語で、膝栗毛に出てくる。
君:あらあら、別の語源説ね。形容詞語幹「ぬく」に「とどまる留」ではなく、「ぬくとし」が動詞化して「ぬくとまる」に派生、つまりは「ぬくとまる」は近世語で、飛騨方言では更に「のくとまる」に音韻変化したのかしら。
私:おっしゃる通り。そちらの可能性も大いにあるだろう。実際に飛騨方言では「ぬくとまる」「のくとまる」両方が用いられ、ゆらぎがあるだろうしね。
君:となれば、全国の方言はどうなの。
私:ははは、それもとても良い質問だ。実は「ぬくとまる」は語数20万の小学館日本方言大辞典全三巻によれば全国各地の方言で、石垣の方言「ぬふたまるん」がある位だ。そういう意味では、どうも日琉祖語、つまりは古代の言葉、近世語ではないのかも、と考えてしまうのだけど。
君:ほほほ、琉球が出てくればその可能性が高いわね。「ぬくとまる」が全国の方言の事はよくわかったわ。「のくとまる」はどうなの。
私:それがね、語数20万の小学館辞典に記載がないんだ。
君:つまりは、このウエブが世界初の情報発信なのかしら。
私:その可能性なきにしもあらず。視点を変えて「のくとまる」を現代国語の観点から考えてみよう。この動詞は実は口語文法に従っている。温まる・かしこまる畏・固まる・清まる・静まる・すぼまる窄・せばまる狭・高まる・強まる・早まる・広まる・深まる・弱まる、ふう。だから「のくとい・のくとまる」。
君:ほほほ、文語「しづけし静」は音韻対応していないわよ。然も口語は「しずかだ」(形動)。中学校の宿題ね。
私:うーん、やられた。それでもかなりの形容詞が音韻対応で動詞化(自ラ五(自動詞ラ行五段))する事がわかった。
君:ほほほ、これらの動詞の年代測定をすればいいのだわ。
私:だろうね。それが「のくとまる」の年代測定の謎解きに迫るかも知れない。
君:或いは、迫らないかも知れないし。ところで「せまる迫」(自ラ四)もお調べになってね。ほほほ
私:えっ、なんだって。ははあ、岩波古語だね。「せむ攻」(下二)の自動詞形という事か。なるほど、知らなかった。「迫」はどうやら当て字だな。
君:でも、結局は飛騨方言ではわずかに訛っているだけという事よね。
私:まあ、そんなところだ。故祖父だけが「のくとまる」と言っていた可能性もある。ははは
君:でも待って。・・ネット検索すると福地温泉に「のくとまり手形」の情報があるわよ。

私:へえ、そうなんだ。「のくとまる」が飛騨方言である事が証明された。でも、この言葉は語数20万の方言辞典に記載が無かった。ある意味、すごくない?
君:すごい事だわよ。貴方の前頭葉に(しょうもない)飛騨方言が沢山、詰まっている事も証明されたわ。
私:・・おいおい、また大発見だ。「温泉手形」をキーワードにググってみたら、なんと下呂温泉の「湯めぐり手形」がトップ情報だった。

君:温泉手形は全国各地にあるわよね。
私:ああ、流行というか、社会現象になっている。いい事だ。究極の日帰り温泉の旅だね。
君:福地と言えば、先だって奥様とお二人で旅行なさったのよね。高原川の旅。奥飛騨温泉郷。
私:ああ。ただし、宿泊したのは平湯だ。県内の移動。平湯では温泉手形はやっていなかった。家内には神岡の町を案内、大津神社に参拝、君の幸せをお祈りしたよ。
君:あら、ありがとう。お優しいのね。ところで奥飛騨温泉郷は日帰り温泉のメッカなのよね。
私:確かに。昔と違って宿も随分とおしゃれになったし。昔は正に川原湯でひなびた所だったんだがなぁ。
君:なんといっても源泉かけ流しよね。
私:正にその通り。チンチンの湯で流しっぱなし。当然ながら室内露天風呂の部屋がお勧め。
君:あら、どうして。
私:そりゃあなんてったって部屋に入ってひと風呂、その後も夕食後に、寝る前に、真夜中にトイレのついでに、起きてすぐ、朝食後に、そしてチェックアウトの前に締めで。自宅では味わえない最高の贅沢だね。
君:何が何でも元を取ろうという魂胆ね。
私:それにもうひとつ。源泉かけ流しは、つまりは沸かしていないし、湯を循環させていない。極めて衛生的と言える。
君:なんとかいう病気があったわね。
私:そう、レジオネラ感染だ。湯の循環で発生しやすい。怖い病気だが、源泉かけ流しなら全くその心配は無い。
君:お医者様は目の付け所が違うわね。温泉で病気をもらっちゃたまったものじゃないわ。ところで飛騨では源泉かけ流しはおそらく下呂と奥飛騨温泉郷の二か所だけよね。
私:多分そうだね。それに室内風呂+部屋出しのお食事の条件の宿は、実はあれに持って来いなんだよ。
君:なによ、あれって?
私:あれはあれですよ。つまりは・・・「お・し・の・び」。今度どう?
君:ほほほ、芸能人さんが奥方様以外の女性とご旅行なさる場合ね。私は御免だわ。
私:ははは、冗談だ。僕こそ御免ね。ところで宿の主人とは信頼関係が必要だ。
君:ふふふ、わかるわ。個人情報よね。
私:それもそうだが、もっと肝心な危機管理対策がある。
君:対策って?
私:事前に宿の主人に連絡、裏木戸から部屋に案内していただく。宿の主人ご用意の部屋出しの食事をいただく。勿論、支払いは部屋で済ませ、そして二人は裏木戸からそっと出ていく。という事らしい。未経験者は語る。源氏物語・十帖・賢木(さかき)が切ない。君は右大臣の娘。
君:そのうちとけてかたはらいたしとおぼされむこそゆかしけれ。

ページ先頭に戻る