大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

しんばれ(しもやけ)

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私:しもやけの事を飛騨方言で「しんばれ」と言うが、これは津軽、盛岡、石川県、飛騨の共通方言だ。
君:となると、語源は自ずと知れた事、古語から来ているのね。
私:そう。古語「しみはれ凍腫」から来ている。「しもやけ」や「(手拭が)凍る」をなんというか、国研の詳細な方言地図があるから、方言愛好家ならだれでも知っている語彙だと思う。
君:加賀と飛騨の共通語彙「またじ」と違って石川県から伝搬したのではないのね。
私:勿論。津軽と盛岡も関係ないだろうね。
君:複合語よね。
私:その通り。然も複合語の中でも接合語(複合が弱で前部のアクセントが支配、例えば木の葉)だと思う。飛騨方言のアクセントは「シ\ンバレ」だ。
君:品詞分解は。
私:「しむ凍」自マ上二の連用形「しみ」+「はる腫」自マ下二の連用形「はれ」だ。だから意味は手足などが「凍みて腫れる事」。
君:つまりは古語動詞「シ\ム」のアクセント核「し」が接合語のアクセントになっているのね。
私:そうだね。手などが「しみています」+「ついでながらはれています」という意味なんだろう。つまりは口語では「しむ」上二が「しみる」上一になり、「はる」下二が「はれる」下一になっている。
君:でも「シミル」で平板だわよ。共通語でも「シモヤケ」だし。
私:文語から口語への国語の大変換期、つまりは明治に上二が消失し、上一に統一され、同様に下二が消失して、下一に統一された。アクセントの移動、というか消失もその時に生じたのだろうが、飛騨方言は頑張って文語のアクセントが残り、接合語として生きている、という事だね。つい数分前に発見した事だが。他の地方の「しんばれ」のアクセントは私には不明だ。
君:語源について深堀りしてね。年代は?
私:共に和語。「はる腫」は万葉3856、「しむ凍」は源氏・若菜下。従って上代から中世だ。これが江戸時代まで続く。傑作なのが言海・大言海の記載で、なんと「しむ凍」が現役の言葉で「奥羽の方言の表現で、しみる、ともいう」と書かれている。当然ながらというか、言海・大言海では「はる腫」も現役で、「はれる、ともいう」。つまりは上二段活用、下二段活用の一段化、つまり統一化は明治、大正、昭和にかけてゆっくりと生じたという事らしいね。これもたった今、気づいた。
君:全国の方言となると「しみはれ」から変化していそうね。
私:ははは、それがそうでもなくてシモヤケの方言量はたったの14。しもやけ、しもばれ、しもぶくれ、しみばれ、しんばれ、しばれ、ゆきやけ、ゆきがけ、かんやけ、かんばれ、かんまき、しもやける、しもげる、しばれる。
君:簡単にパターン分類できるわね。
私:勿論。「しみ凍」「はれ腫」「ゆき雪」「かん寒」「しも霜」「やけ焼」
君:低温にさらされるから病気になるのに「やけ焼」の言語感覚はどうなのかしらね。
私:それも調べた。「胸やけ」の如く、身体部分の異常を示す事もあるし「やけ自棄になる」の如く、「いやになっちゃうよ」の意味で日常語で用いられる。古語とは言い難いかな。近世語だな。
君:飛騨方言では「しんばれ」の同意語は。
私:「ひび」がある。手足の皮膚が割れる事。共通語「あかぎれ」もよく使う。「あかぎれ」の古語は「あかがり」で全国の方言として残っている。実は「あかがり」から派生した方言もあり、全国で8個あった。飛騨には「あかがり」の言葉は無い。
君:私、たった今、方言の神様にめぐりあったわ。ゆきやけ、ゆきがけの言葉って豪雪地帯、つまりは日本海側の地方にしか存在しない方言でしょう。
私:おっ、するどい感。それは方言学でとても有名な事で「ゆきやけ」を学術語「日本海型方言分布」と言うんだよ。青森県から山口県まで。太平洋側では仙台で少し方言として残っているだけ。四国は石鎚山に少し「ゆきやけ」がある。瀬戸内地方は「ゆきやけ」は皆無で「しもぶくれ」が大半。九州は全域が「しもばれ」で「ゆきやけ」は皆無。もうひとつ重要な事は「しみはれ」の地方と「ゆきやけ」の地方はくっきりと分かれている。ひとつの病気を示すのに二つの病名は不必要というわけだ。蛇足ながら北海道の方言で「寒い」を「しばれる」と言うが、「しみはれる」から来ている。共通語「雪焼け」は雪による日焼け。だから日本海地方の人々がシモヤケの意味で「ゆきやけ」をお使いになれば、それは「気づかない方言」という事になる。
君:どうして加賀と飛騨では「ゆきやけ」にならず「しんばれ」だったのかしら。
私:津軽と盛岡ではなぜ「しんばれ」なのか、と同じことで、たまたまそちらの言葉を選んだから、というのが答えだろうね。なぜ「しん」なのかと言えば母音の無声化、なぜ「ばれ」なのかと言えば連濁の法則が働いたからという事。古語には元々、連濁は無かった。母音の無声化や連濁のほうが言いやすい。あーれ、こーわいさぁ。しみるなぁ。このフレーズ、ついつい出ちゃうよね。
君:出るなんてもんじゃないわよ。日常の挨拶語だわ。だから飛騨は「しんばれ」の地方なのかしら。

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