大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

やくやく(=わざわざ)

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私:今夜も楽しい飛騨方言のお話になりそうだ。
君:表題から類推できる事を考えてみてね、というひっかけ問題ね。
私:そう。
君:答えちゃうわよ。私は飛騨方言のネイティブだから。「わざと」の事を飛騨方言で「やくと」と言うのよ。
私:その通りだ。どんな古語辞典にも副詞「やくと」の記載がある。意味は「役目として」で、つまりは「わざと、ことさらに、専らその事ばかりを」というような意味だね。今昔あたりに用例がある。左七の鉄板ネタになっているが、1969年に岐阜県立斐太高校に進学、古語辞典を手にしてサッと渉猟してみたが、「やくと」を発見してビックリ、普段何気なく話している飛騨方言が実は古語に由来している事に気づき、方言というものに強烈な興味をいだいた事を思い出す。さあ高校生活が始まる、入学式の前の事だ。
君:それはいいから、今日の話題を手短にね。
私:うん。飛騨方言では「やくと」を重ねて「やくやく」という副詞もあるんだ。その一方で共通語「わざと」も重ねると同じく副詞「わざわざ」という言葉になる。
君:別に面白い事でも何でもないわよ。形ク「長い」でも「長々と」等。
私:いや、品詞を間違えないでくれ。「やくと」は名詞「やく役」+格助詞「と」、「わざと」も名詞「わざ技」+格助詞「と」。曲者は格助詞「と」だ。
君:失礼。形ク「ながし長」は語幹(体言)「長さ」+形容詞活用語尾だわね。
私:うん。別の世界だ。さて今回の話題、格助詞「と」だが、様々な意味、といっても八種類かな、の中で、体言を受け「なり」「あり」「す」、或いはそれ相当の動詞を下接し、転成の目標・動作の帰着点を示す作用を示す。つまりは共通語「わざと」は「わざとす技為」の意味なので実はサ変「する」の語幹であるという哲学的な意味を持つ。従って副詞「やくと」も同様で「やくとす役為」という意味だ。「役・技」共に要はサ変の語幹。
君:うーん、という事は、今日の話題はサ変語幹の重畳語「役々・技々」の関係はいったいなんですか、という命題ね。
私:ええい。結論にしよう。「わざと君に伝えた」と「わざわざ君に伝えた」の意味の違いは?
君:「わざと君に伝えた」は意地悪の意味で、「わざわざ君に伝えた」は善意、つまり意味が正反対ね。ほほほ、わかったわ。
私:そうなんだよ。飛騨方言でも「やくと」は意地悪の意味で、「やくやく」は善意の意味。つまり飛騨方言と共通語は全て音韻対応しているのみならず、意味も対応しているんだ。
君:例文もあったほうがいいわよ。
私:うん。「おりがこんな忙しい時にやくと仕事を邪魔しに来て、左七、わりゃあなんて奴や」は意地悪、「おりがこんな忙しい時にやくやく助けに来とくれて、左七、わりゃあなんて人思いなんや」は善意。「わざと・わざわざ」についての例文は必要ないだろう。重畳語になると意味が逆転する事も不思議なら、これが飛騨方言・共通語ともに同じ法則が働いてるのも不思議だ。
君:簡単な事よ。方言に特別な国文法があるわけではない。方言と共通語・標準語を分けるものは語彙のみであり、基本文法は同じという事なのよ。
私:然も、両語とも古語から発展した言語なので、飛騨方言の謎解きの答えは必ず古語辞典に記載されている。
君:左七のいやな所、平凡な結論を長々と書いて。やくとでしょ。ほほほ
おまけ
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、・・・枕草子の「やうやう漸」ですが、語源は「やくやく・やうやく・やうやう」です。そして実は飛騨方言にも「やうやう」の意味の「やくやく」もあるのです。ただしこれを言い出すと話が混乱しますので、本稿では涙を呑んで割愛いたします。これが結構、面白い話ですが、また別の日に。ゴメンネ

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