大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
いぼう(=化膿する) |
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私:悪趣味と言われても仕方ないが、死語に近い飛騨方言で自ワ五(自動詞ワ行五段)「いぼう(=化膿する)」。古語辞典にもあり、全く同じ意味で、自ハ四(自動詞ハ行四段)「いぼふ」。漢字は火編に爵で読みはシャク。国訓は「かがりび」。「シャッカ火」と言えば、かがりび、たいまつの事。 君:どうしてまた、こんな死語を取り上げたの? 私:実は、昨日の土曜日のNHK番組ブラタモリで、釧路湿原がテーマだったが、泥炭地は長靴がズボズボと沈み込む事を九州弁で他ラ五(他動詞ラ行五段)「いぼる」という事を知って。 君:なるほど「いぼう(飛騨)・いぼる(九州)」は同根の動詞であると直感して、調べものをしたからなのよね。 私:その通り。まずは小学館日本方言大辞典だ。古語「いぼふ」が全国的に様々な音韻に変化するのだが、代表的な音韻が「いぼる」。そして実に13通りもの意味に変化する。 君:終始できない話になりそうね。まずは誰もが簡単に理解できるお話をお願いします。古語「いぼふ」が、意味が全く変化せず、飛騨方言「いぼう」になったお話からはじめてね。 私:うん、それがいい。角川古語大辞典だが、「いぼふ」は灸の跡がただれる、と言う意味で、文例は望一後千句(室町後期-江戸初期)。自タ四「いぼひたつ」という動詞もあり、「いぼふ」の語気を強めて言う動詞で「たつ」は接尾語。文例は信徳十百韻(天保)。 君:お灸といえば煙、つまりは「いぶり」あたりが語源かしら。 私:とんでもない。全く関係ないよ。音韻が似ているだけで安易に語源ととらえてしまう事を民間語源といい、学問とは程遠い世界。「いぼふ」の語源は「いぼ」だ。 君:「いぼ」は古い言葉、和語なのね。確かにお灸も疣も皮膚の表面の突起物という意味ではピタリ一致しているわね。 私:うん。更には多くの語源辞典に記載してあるが、更に「いぼ」の語源は「いひぼ(飯粒)」だ。 君:「いひ飯」がご飯の意味はわかるけど、「ほ」は「つぶ」の意味かしら。 私:そのあたりも気になるね。但し「保」の当て字もある。「いひぼ」に「疣」を当てる例が当然あるし、この辺はファジーというしかないね。 君:でも頬にくっついたご飯粒を「いぼ」というあたりは結構、ウイット表現よね。 私:要はそういう事。つまり「お灸がただれてしまう」事は「疣が出来る」と同じ意味だ。 君:いずれにせよ、飛騨方言「いぼう」は江戸初期の言葉そのままという事ね。 私:そういう事。ただし、飛騨方言では更にひとつの意味が加わる。結果がたたる、後腹が病める、良くない結果になる、という意味。 君:なるほどね。いずれにせよ古語の「いぼふ」は「予期せぬ悪い事が起きてしまう」という意味なので、つまり悪い意味の動詞として、全国で13通りの意味になってしまったのね。ブラタモリの「いぼる(九州方言)」も泥炭地ゆえ、硬いと思っていた予想が裏切られ、足がとられてしまうという意味で使われる言葉なのね。 私:正にその通り。ただし厳密には13ではなく、11だな。2つは「馬がいななく・馬が発情する」という意味で、同音異義語だ。これはオノマトペから来た動詞という事で決まりだな。ははは 君:なるほどね。古語の馬の鳴き方は「いひん」かしら。 私:いや、それがそうでもなくて。江戸時代後期までは馬の鳴き声は「いいん」と表現されていた。「ひひーん」になるのは江戸後期から。つまりは江戸中期に「いひん」になった可能性が高いが、文献がありません。微妙な違いだから、気にする事も無いけれどね。 君:飛騨方言では「いぼう」、九州方言では「いぼる」、これはどちらがよりナウい表現かという問題があるわね。 私:ははは、わかってるよ。飛騨方言が古くて、九州方言が新しい。理由としてはハ行転呼。つまりは飛騨方言ではハ行がワ行に音韻変化した、ところがワ行はア行と同じである。そこで九州方言ではリエゾン(子音の挿入)が生じてラ行になった。 君:「笑ふ・問ふ」は現代語では「わらう・とう」、つまりは「いぼふ」と同じでハ行転呼でストップしているわね。飛騨方言のセンスは基本的には共通語とあっているのね。語彙が江戸時代というだけなのよね。ところで、九州でも「わらる」とは流石に言わないので、これはおそらくは「いぶる燻」に釣られて子音を入れてしまった、という事かしらね。ラ行五段化は九州方言の特徴だし。 私:ラ行五段化といえば、こんなすごい卒論があるぞ。日本語諸方言におけるラ行五段化の方言間比較と通方言的一般化。120頁だ。 君:さすが、九大の学生さんはガッツがあるわね。ほほほ |
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