大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
なだれ |
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私:飛騨は雪深い地方なので「なだれ雪崩」を意味する方言が四つある。「あわ」「だし」「ぬま」「のま」 君:四つ全てが既に死語じゃないかしら。 私:そうだね。戦前の古老で話す人がいるかいないかという事かな。勿論、私も幼い頃の記憶があいまいで、使った事もないし。ただし飛騨方言の資料には記載がある。あまり全国の皆様の興味をそそるような話題でもなさそうなので、まずは別の質問を。「雪」の方言量、つまりは全国に幾つある? 君:雪は和語ね。ほとんどないのでしょ。 私:その通り。雪という名詞は平安文学辺りから盛んに出てくる。語源は諸説。方言は無いに等しいが、「こんこ」の擬態語、「しろ」、福岡「へたれ」、福島「ほーて」程度。全国的に雪だ。ただし形容詞句との複合語「〜ゆき」の形となると全国で百個くらいになる。 君:「なだれ」の方言量は? 私:ざっと三十。多いのが「ゆきすべり」の音韻変化したもの。冒頭の飛騨方言の四種類は特殊だね。 君:つまり俚言という事かしら? 私:「のま」は富山・飛騨の共通方言だよ。荒垣秀雄「北飛騨の方言」にも記載がある。神岡・河合・上宝あたりの言葉だと思えば間違いない。「あわ」「だし」は俚言の可能性がある。「ぬま」は「のま」の音韻変化でしょう。 君:古語の検索はどう? 私:「あは」を発見した。 降(ふ)る雪はあはにな降りそ吉隠(よなばり)の猪養(ゐかひ)の岡の寒からまくに 万葉集巻二(二○三) 歌意は、降る雪はそんなに積もらないでくれ吉隠の猪養の岡に眠っている但馬皇女が寒いだろうから。「あはに」は角川古語大辞典全五巻に記載があった。副詞句。「さはに」と同じく、たくさんに、の意。蛇足ながら「さは多・澤」は数量が多いさま。「さはなり」形動ナリは沢山あるさま、多いさま。ただし連用形「さはに」の用例がほとんど。更に蛇足だが、沢田という姓は、田を沢山持っている人という意味だね。 君:「だし」「の(ぬ)ま」については該当する古語は見つからなかったのね。 私:その通りだ。ただし角川古語大辞典には名詞「だし出」の記載が有り、八個の意味があり、そのひとつが山から海に向かって吹く風。これが風か雪かの違いで雪崩と概念が同じだ。「のま」とは春先に起きる全層雪崩、つまりは谷を埋め尽くし、谷あいの田畑や人家をも飲み込んでしまう怖い雪崩の事を言う。暴れ馬のごとくという事で野馬からきたものであろうか、と土田吉左衛門「飛騨のことば」に書かれている。俚言であるとも考えられ、となれば土田先生の記載が正しい語源という事になる。民間語源として片づけられるものではない。 君:ふーむ、そうよね。でも「あわ」は古語が見つかって良かったわね。「のま」と違って、一晩でサラサラと沢山の雪が積もって、裏山がすこしばかりざざっと雪が滑って来るとか、あるいは木の枝に沢山積もっていた雪がどさっと落ちて来て、というような意味よね。 私:同感だ。上記の万葉の一首の情景を想像するとそのような解釈以外は無いね。この歌は、但馬皇女がお亡くなりの後に、穂積皇子が彼女を偲んで彼女のお墓の方角に向かって詠んだ歌。どんどん雪が降っていてあのお方が眠るお墓が雪で埋もれてしまっているのだろう、雪よ、どうかこれ以上は降らないでくれ、という切ない気持ち。恋人同士だったというか、お二人は天武天皇の子供、異母兄弟ですからねえ。禁断の愛、ってのですよ。でも好きな女性に先立たれると、流石に男はやっていかれないよ。 君:お若いと生涯のトラウマになるわね。いえいえ、お若くなくても。年齢は関係ないわ。 私:父が長らく独身だった。婚約者が病死、まさにこの歌の通り。でも失意からようやく立ち直り、お袋と結婚し、長男の僕が生まれた。僕は父が結婚を決心してくれた事に感謝している。 君:・・皆様が、あれこれ、人生があるのね。 |
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