大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

引用の格助詞「と」の先行動詞の接続

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私:今日は文法談義で。
君:引用の格助詞「と」とおっしゃってもね。例文がなきゃ駄目よ。
私:そうだね。つい先程だが、今日は何の記事を書こうかと、ネット検索していて、すぐに話題が見つかった。
君:じゃあ、リンクを見せて。
私:躊躇するね。ネット発信者のおかたの名誉にもかかわる。つまりは誤用じゃないかと思われる表現だが、自然言語を人知れず観察したいという私の信条としては、いちいちそのお方に連絡して、「言い方を間違えていませんか」などとお尋ねするのは寧ろ望むところではないんだ。
君:じゃあ、内容だけの抜き書きにして出してよ。
私:飛騨のあるお宿だが、宿から方言でメッセージがあった。「仕事ばっかしとらんしと、いい町やで、いっぺん来てくれんさい。待っとるでな。」
君:「しとらんしと」の部分よね。飛騨方言の雰囲気が出てるし、あまり細かい事を言っても仕方ないわよ。接続の問題でしょ?
私:ああ、その通り。「しとらんすと」の間違いじゃないのかい?僕の口からススッと出てくる飛騨方言は終止形なんだが。
君:つまりはサ変変格「す」が格助詞「と」に接続するのに連用形は間違っているとでも言いたいのね。
私:その通りだけど。
君:そのお方はね、二文節「しと」を意味のひと塊と認知して、つまりは複合助詞「しと(ばっかりじゃなくて)」という言語認識なのよ。
私:だろうね。面白いから品詞分解をやろう。
君:ほほほ、全然おもしろくないわよ。
私:まあ、そうおっしゃらずに。「しとらんすと」は「しておらぬとすと」の短呼化だよね。
君:
し(サ変動詞「す」連用)
て(接続助詞「て」前後の接続理由)
おら(自ラ上二未然)
ぬ(打消し助動詞)
と(強意の格助詞)
す(サ変動詞「す」終止)
と(引用の格助詞)
私:だから終止形でなくちゃ。
君:飛騨方言が頭に詰まってるのだから、他にいくらでも例文が作れるわよね?
私:ああ、勿論。「食べんすと行ってまう(食べないで行ってしまう)」「勉強やらんすと遊んでばっかでぁだしかんぞ(勉強しないで遊んでばかりではだめだぞ)」
君:違うわよ All work and no play makes Jack a dull boy。
私:Alle Arbeit und kein Spiel machen Jack zu einem langweiligen Jungen。
君:いきなりドイツ語でびっくりさせないでよ。「おきふし(起伏)まなび/たはぶらぬこと/ふよう(不要)のことなり(勉強ばかりじゃダメ、少しは遊びなさい)」カウンターパンチよ。あがせ(吾が背)な忘れそ。
私:しかと。
君:。吾が背は「しとらんしと」以外の言い方も頭に浮かべてるんじゃない?
私:えっ、わかった?「仕事ばっか」+「せんすと」なんて、ついつい言っちゃうね。
君:「せん」だと「しましょう」つまり「レッツ」の意味になっちゃうわよ。さあ、ご説明は如何にせん。
私:ははは、飛騨方言では「せん」は普通は否定の意味「しない」だ。尤もね、「せんがいな!」と言えば「是非やりましょう」の意味だからその辺はファジーなんだが、中部地方では「する・しない」を「せる・せん」という事が多くて、ウルトラサ行変格動詞「する」だよね。
君:ウルトラサ行変格だったら「しとらんしと」くらいは認めてあげなさいよ。コチンコチンの理系頭じゃ駄目。もっと文系頭になりなさいよ。
私:勿論だ。それにね、認めるも認めないもあるものか。飛騨人が自然に話している言葉が飛騨方言だ。私は君と二人、その雅の言葉を静かに眺めて楽しくお喋りをする。今日、僕は引用の格助詞「と」に先行する動詞の接続が連用形・終止形でゆらぎがある事を知った。接続のゆらぎの言語哲学・飛騨方言だ。
君:たかが一文字でよくこれだけ遊べるわね。
私:国語が仕事の君がそれを言うか。それに、飛騨方言で遊んでどこが悪い。いにしへの/ひだのことのはにて/おきふし/たはぶること/いとをかし。
君:いかで語らひしがな。

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