大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 近隣の方言 |
文末詞「ちゃ」 |
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私:お国ぶりを示す文末詞だが、飛騨方言だけでも相当な数。全国ともなると数限りなくという事になるが、差し詰め、近隣の文末詞からという事で今夜は富山県の「ちゃ」。 君:どうして選んだの。 私:高校生まで大西村で過ごしたが、村に富山県から引っ越してきた家族がいらっしゃった。お構いなく富山方言でお話しになっていたので子供心によく覚えている。「知らんちゃ(知りません)。」とか「困ったちゃ(困りました)。」などいう言い方なのだが、当時は「ちゃ」の語源に思いをはせる様な事は無かった。 君:要は「念押しの意味」なのよね。 私:その通り。飛騨方言では決して使わないね。飛騨方言の念押し表現なら例えば「知らんながよ・困ったながよ」の文末詞がある。 君:まずは「〜ながよ」の語源から説明してくださるかしら。 私:成書の記載が無いし、不明と言わざるを得ないが「〜かり」から来ているのだろうかね。「里をば離(か)れず訪(と)ふべかりけり」(伊勢48)。つまりは形容詞、または形容詞型に活用する助動詞が三つある。つまり「べし・まじ・ごとし」のどれかの語尾「く」+「あり」の変化したものだろう。つまりは「くあり」が変化した「かり」が語源なのかも。だから「知らんながよ」は「知らぬ」+「なる成」+「ごとく」+「あり」+詠嘆「よ」、これが「知らん」+「な」+「ごとかり」+「よ」、つづいては「知らんな」+「がよ」。 君:一応は活用も、接続も、意味もあっているようね。語誌的にはどうなの。 私:資料は全くない。あくまでも想像だ。ただし僕は方言の孤立発生論には反対だ。すべての方言は古語が変化したものに違いないと固く信じている。古語がどうやって出来たのかが方言学というか国語の根本問題だろう。これは哲学・言語学で問題になるね。どうして上古の日本人はドッグと言わずにイヌと言ったのだろう。不思議だ。ところが文末詞の品詞分解ともなると、これはちょいと一ひねりの世界、全て古語文法を基礎とした必然の世界なんだよ。 君:まあね。各種古語辞典の巻末の助動詞活用表をやぶにらみすればどんな文末詞でも作れそうね。 私:ああ、勿論。 君:富山方言の念押し「ちゃ」は語源は何かしら。 私:さあね。ぱっと思い浮かぶのが四拍複合語「と言ふに」だよね。「ちゃ」は一拍なので「に」がまず脱落して「といぅ」の二拍になって、その後一拍「ちゃ」になったのではなかろうか。上述の例文だが、「知らぬと言ふに・困ったと言ふに」の意味だよね。 君:ほほほ、格助詞「に」と来たわね。ざっと15種類程の意味があるのでエースカードよね。つまりは「に」さえ使いこなせばあらゆる意味に変化するし、でも意味を残して音韻は脱落してしまったという考えは万人がご納得とはいかないわよ。 私:まあね。ひとつの仮説だ。言葉遊びと言ってもいい。 君:他人の評価はともかく、自分がどれだけ納得できるか、という事ね。 私:ははは、僕自身はいつも納得している。今夜も語源発見、方言の神様に感謝。実は「ちゃ」に興味を覚えたのは、本日は家内と車で出かけて夕食を済ませ、車中でNHK懐かしの昭和歌謡を聴いたからなんだ。歌は「帰らんちゃよか(熊本方言)」。 君:富山方言と同じ意味かしら。 私:いやいや、それが全然、同じじゃないんだ。熊本方言の意味は「帰らなくってもいいんだよ」。都会に出て、出世して故郷に錦を飾るというのが親孝行の理想の形ではないのだ、という意味らしい。都会で元気でやっていてくれるだけでいい、無理をして出世をしなくてもいいし、故郷に帰ってくる必要もない、という親心を意味するそうだ。 君:ほほほ、なるほどね。文法学でいうところの、順接か逆接か、仮定か確定か、という問題よね。富山方言「ちゃ」は念押しの意味なので順接確定、熊本方言「ちゃ」は条件を示す言葉に付いて、後に述べる事柄がその条件に左右されない事を示すという意味よね。つまりは逆接仮定。同じ文末詞「ちゃ」でも富山方言「順接確定」と熊本方言「逆接仮定」では180度、意味が異なるじゃないの。 私:うん。富山方言「ちゃ」の語源は「と言ふに」。だから熊本方言「ちゃ」の語源は全く異なるものであろうことが直感できる。 君:ほほほ、楽しかったご夫婦の夕食を振り返って、という会話ではなく、あなたは突然に黙って、語源を考えながら運転しだしたのでしょ。 私:いや、さすがにそれはない。助手席の家内に「熊本方言の文末詞・ちゃ、の語源って何なのだろうね?」と問いかけてみた。「さあね」の返事しかいただけなかったが。 君:ほほほ、「あなたって病気ね」という意味なのよ。ところで、語源は見つかったのかしら。 私:うん見つかった、と言うか、気付いた。「たるや」が語源だろうね。つまりは形動タリ連体形「たる」+係助詞「や」。 君:なるほどね。係助詞「や」があれば「そもそも「帰る」なんて事は」の意味になる、つまりは逆接仮定の意味でドンピシャリだわね。「よか」は何の古語からかしら。 私:そりゃあもう、「よかり」、つまりは「よく良あり在」でしょ。 君:つまりは「帰らんちゃよか」は「かへら/ぬ/たる/や/よく/あり」が語源かしら。 私:いや、不十分でしょ。形動タリの活用語尾「たる」だから語幹を付け足して欲しいぜ。 君:ほほほ、語幹ね。「かへら/ぬ/決断たる/や/よく/あり」はどうかしら。 私:そうだね。他には「判断たるや良し」とか「経過たるや良し」ってなところだろう。 君:文末詞も短ければ全国各地で同音異義語が発生するのよね。 私:小学館日本方言大辞典全三巻には「ちゃ」について七つの意味の記載がある。 君:ほほほ、今回は二つの意味の紹介という事で、またいずれ残り五つのお話をしてくださるのね。 私:ああ、勿論。 君:ほほほ、聞いたちゃ(富山方言)。忘れるちゃわるか(熊本方言)。忘れちゃ駄目よ(共通語、忘れては)。ほほほ |
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