大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

パパは坂田

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私:今日は無声子音、母音の無声化の理解に必要な最小限の知識として、「パパは坂田」を紹介しよう。
君:聞いた事が無いわね。語呂合わせか暗喩なのかしら。
私:単なる語呂合わせだ。元素記号周期表の覚え方、水平リーベ僕の舟(H, He, Li, Be, )の類だね。ただし、「パパは坂田」をネット検索しても何も出てこない。受験には関係ない知識というわけだ。
君:無声子音、母音の無声化とどういう関係が有るのかしら。
私:そもそもが声には有声音と無声音がある。前者は声帯を震わせて出す音で、後者は震わせない音。喉ぼとけに軽く手を触れて声を出してみて手に振動を感ずる(有声音)か感じない(無声音)かで簡単に弁別できる。母音(あいうえお)は全て有声音であるのに対して、子音には無声子音と有声子音がある。もっともヒソヒソ声では母音は無声音になる。
君:無声子音が「パパは坂田」のグループで、有声子音が「パパは坂田」以外のグループというわけね。
私:その通り。「パパは坂田」は「p/h/s/k/t」の五つの子音だ。英語の語呂合わせ、所謂アナグラム、で語呂合わせのが作れないか、つい先程はネットサーチしてみたが。該当無し、という事も判明した。ここは国語について考えるサイトなのだし、語呂合わせは「パパは坂田」で問題ないと思う。
君:カサタハの行は清音・濁音の行だし、パ行は拗音。つまりは無声子音って何の事は無い、濁音と拗音の事じゃないの。
私:その通り。そのように論破されてしまうと正直、立つ瀬が無い。
君:語呂合わせはいいから、何が言いたいのか、簡潔にお話しくださいませね。
私:はいはい。母音の無声化とは、文字通り、母音が非常に小さい音になって聞こえづらくなる現象だが、母音が無声子音の挟み撃ちに会う時、特に先行する無声子音がイ列かウ列の場合に起きる現象だという事がわかっている。先行する無声子音がイ列かウ列とは、具体的には「き・く」、「し・す」、「ち・つ」、「ひ・ふ」、「ぴ・ぷ」。
君:後ろから挟み撃ちする子音はどの列でも構わないのね。具体例は?
私:「すき(好き)」 「きく(聞く)」 「くさ(草)」 「つき(月)」 「した(下)」。
君:なるほど確かに母音が無声化しているわね。日ごろ無意識に話しているけれど気づきにくいわね。
私:例えば、赤ちゃんには音韻ひとつずつ丁寧に「だ・い・す・き」というように話しかけてやらないと、赤ちゃんの耳には「だいき」として聞こえてしまうというような意味だ。赤ちゃんには丁寧に一語文で話しかけてやる事が重要だ。最初は「だいき」としか発音できない赤ちゃんに根気に「だ・い・す・き」と言ってやると、やがて赤ちゃんは「ママだいすき」と言ってくれるようになる。もっとも、まずは「ママだいしゅき」と言ってくれるのだろう。しかる後に「だいすき」をマスターする。
君:なるほどね。
私:サ行イ音便の生成機序も「パパは坂田」で説明が可能だ。
君:具体例でお願いね。
私:はいはい。サ行イ音便とは飛騨方言はじめ全国の幾つかの地方の方言に特徴的な表現で、「出した」というべきところを「だいた」と発音する事をいう。「した(下)」は母音の無声化例だが、「出す」の連用形「出し」+助動詞「た」の音韻「した」とて例外ではない。「だ(し)た」が「だ(い)た」になるはそのせいだと思う。
君:ローマ字で書けば da-shi-ta --> da-sh-ta --> da-shta --> da-i-ta 。
私:その通り。sh が i になる変化というか shi から一旦 i が消えて sh と i が入れ替わる、つまりは母音「い」の突然の復活は、一見して奇異な感じだが、実は舌の中央部が硬口蓋とわずかの隙間を作っていたのが(sh, alveolar consonant, 歯茎音)、僅かの舌の沈下で空気が出やすくなると途端に母音「い」になる事は解剖学的に容易に理解できるだろう。
君:母音の無声化で日本語の音韻は未だに変化しているという事なのよね。
私:案外、サ行イ音便は数世紀後の日本語では共通語の言い回しに昇格しているかもしれないね。
君:多分、助動詞特別活用(特活)「です」終止形も将来は無声化母音「す」の脱落により「で」になりそうだわね。
私:そう思う。「す」の脱落は正に現在進行形だ。ところで「です」については角川古語大辞典全五巻に詳しい。室町時代から用いられている断定の助動詞「である」の丁寧語。「にてさむ(ぶ)らふ候」「で候」「でさう」「です」と転じたらしい。
君:「候」にも語源があったわね。
私:そう。「さもらふ」つまりは接頭語「さ」+「もる守」+接尾語「ふ」だ。
君:母音の無声化が有るが故に将来は(で)「す」つまり「にてさぶらふ」が消滅する運命にあるのね。「さむらい侍」の語源は「さむらふ」補助動詞ハ四の連用形「さむらひ」なのよね。明治に職業「さむらひ侍」が消滅したのだし、正に日本語の歴史ね。

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