大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

つづりさせ(コオロギの鳴き声)

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私:このサイトは飛騨方言の死語をただひたすら紹介しているサイトかも知れない。
君:あら、弱気の発言ね。
私:いや、違う。実生活においては全く役に立たない情報が得られるというイグ・ノーベルサイトだ。
君:そう言えばあったわね。ワニの鳴き声はヘリウムガス下では高音域になるという御研究。
私:空気より軽いから音はより速く伝わる。従って鳴き声は高くなる。考えてみれば当たり前の理論だね。
君:ワニの鳴き声はさておき「つづりさせ」ってコオロギの鳴き声よね。
私:そう。方言学では結構、有名なお話だ。古語に出てくるが、方言として残っているのが飛騨地方。
君:古語辞典に有る訳だから全国の方言じゃないの?
私:当然の疑問だね。そこで小学館日本方言大辞典全三巻を見た。飛騨以外に若干の地方の方言となっている。
君:例えば。
私:コオロギの事を、つまりは虫そのものを「つーつー」というのは飛騨のみ。俚言だ。というか、既に死語だろうね。
君:鳴き声「つづりさせ」はどうなの。
私:飛騨では「つづりさし」と「つんづりさし」と「つづれさし」。富山で「つづれさし」。越後で「つづりさせ」。奈良で「つづらさせ」。以上だ。
君:若干の音韻変化ね。「つーつー」は俚言であるだけに価値ある言葉というわけかしら。
私:「つーつー・つんづりさっせ」なんて言っていたからなぁ。子供の時に。古語だとは知らなかったよ。
君:ご家族の皆様、つまりは大人もお知りではなかったのね。
私:勿論だ。中学(1966-9)、高校(1969-72)の授業で教わった事もない。中等教育では方言の授業が一切、無かった。でも高3の或る日の榎戸先生の授業で方言周圏論を五分ほど聞いた事は覚えているね。50年前の事。
君:貴方にとってはショッキングな国語理論だったのね。
私:ああ。生涯の出会いと言うか、柳田國男を知った瞬間だった。
君:全国の皆様に古語「つづりさせ」をご説明なさったほうがいいわよ。
私:ほいきた。「つづる綴」(他ラ四)はボロ布などを継ぎ合わせる、の意。「つづり綴」は「綴る」の連用形から来た名詞で、即ち「継ぎ合わせたボロ布」。つまりは「つづりさせ」は直接的には「ボロ布に針を刺しなさい」という意味、間接的には「(冬の準備として)ほころびた衣服を縫い合わせておきなさい」という秋のスローガンだ。この時期に鳴くコオロギの虫の音が「つづりさせ」に聞こえるというもの。この古語が飛騨方言に見られる。
君:ほほほ、古今・雑体に一句あるわよね。
私:「秋風に/ほころびぬらし/ふぢばかま/つづりさせてふ/きりぎりす」。秋の七草・藤袴が風で散ってるね・それどころか冬支度せよと鳴くコオロギの声も聞こえるではないか、とでも訳しておこう。
君:ところで和歌の「きりぎりす」はコオロギの意味ね。
私:それも有名な話だが、誤解が生じないように詳しく説明があったほうがいいだろう。
君:そうね。つまりは平安時代は鳴く虫を全て「きりぎりす」と言っていたのよね。だから源氏物語の「きりぎりす」は文脈から、鳴く虫の中では現代の「こおろぎ」が当てはまるという例とか。この和歌「つづりさせてふ」、つまりは「冬支度をなさいませと鳴くと言われている」虫は「こおろぎ」以外にはないから、古今の「きりぎりす」も現代の「こおろぎ」が当てはまる、という意味。
私:その通りだ。鳴く虫の総称としての「きりぎりす」が(チョンギース)と鳴く現代のキリギリスという一種類の虫の意味に限定されるのは江戸時代からだ。
君:ほほほ。古語の「こほろぎ」も実は秋に鳴く虫の総称なのよね。
私:早い話が「こほろぎ」も「きりぎりす」も漢字表記は蟋蟀だった。これじゃ、どっちがどっちだかわからない。
君:あら、簡単だわよ。和歌の単語だから四拍で行きたければ「こほろぎ」、五拍で行きたければ「きりぎりす」。
私:じゃあ、字余り句はどうするんだい。色々な秋があるが・・・
ひと恋ふる秋にて詠める
待つ糸こそ/栄う子ならめ/紫苑花/止まで/もどかし/驟雨の塀
・・ああ、あのお方はどうしておられるのだろう
(私の涙に代わって)横殴りのにわか雨が塀を濡らし続けるのが辛いなぁ

君:赤き糸に掛くるる詠みさへこそかたはらいたくおもはふれ。
私:言葉也。吾君安んぞ赤心を知らむや。ところで話は始まったばかりだ。「こほろぎ」とも書くが、箋中和名抄には「こほろ」の記載がある。全国の方言では「ころり讃岐」「ころけ千葉」「ころん富山」など3モーラの地方だってあるんだぜ。古語のコオロギの拍数は3,4,5。
君:ほほほ、使い方が自由。つまりコオロギは「こほろ・こほろ」とも鳴いていたのよね。鳴き声=虫の名前。
私:その通り。そしてキリギリスは「きり・きり」と鳴いていた。「す子」は小さいの意味の接辞。
君:じゃあ、実際に聞いてみましょうよ。
私:ああ。

えっ、まじ(@_@)、今の僕には「リリリリ・リリリッ」てな風に聞こえちゃうね。
君:だめよ。そんな記事を書いては。嘘でもいいから「僕は、つづりさせ・つづりさせ、と鳴いているように感じる」と書かなきゃ。ところで私には「ツツツツ・ツツツッ」かしらね。

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