大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 心理学

だしかん・だっしゃもない

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僕:今夜は表題の飛騨方言の二語について。簡単にいうと、両語とも悪い意味。
君:まずは意味を全国の皆様にご紹介してね。
僕:だしかん、は、だめだ、の意味。らち埒・あかぬ開無、が語源。だっしゃもない、は、散らかっている、の意味。らっし臈次・もなし無、が語源。ここ
君:その心は。
僕:民間語源というのかな。人々の素朴な語感。「だし・だっしゃ」は駄目なイメージで固定された結果が、現代のネガティブな意味に通じている、という事なんだよ。
君:二語は元々は全く語源が異なるのね。
僕:その通り。だがしかし、民間語源にそんな事は関係ない。
君:しかも「だしかん・だっしゃもない」共に否定文なので、そもそもが「だし・だっしゃ」は良い意味という事じゃないの。ほほほ
僕:ははは、まさにその通り。元々は良い意味の言葉が否定文になったので、全体としては悪い意味だが、民間語源的には悪い意味の言葉の肯定文になっちゃっているんだ。
君:なるほどね。文節構造のとらえかたね。
僕:その通り。「だし・かん/だっしゃ・もない」と区切るべきだが、「だしか・ん/だっしゃもな・い」と捉えているんだ。
君:品詞的には?
僕:「だし・かん」は名詞+否定動詞。「だしか・ん」は駄目な意味の動詞+詠嘆「ん」になっちゃってる。「だっしゃ・もない」は名詞+否定形容詞。「だっしゃもな・い」は形動ナリ+念押し「い」になっちゃってるな。
君:「だし・だっしゃ」がそもそも悪い意味になってしまったことに関して、これは何の影響かしら。
僕:それこそ、今夜の本題。「ふらち不埒」からだろう。同語は、 道理にはずれていて、けしからぬこと、の意味。これ以上に悪い意味の言葉はないだろう。
君:ロシアのウクライナ侵略の事ね。ウクライナをだっしゃもなくして、だしかんプーチン。不埒そのものね。

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