飛騨人であれば大半の方が、飛騨高山祭が別名・日本三大祭といわれる
事にしびれてしまうのですが、祭の主役といってもいいのでしょう屋台(やたい●○○)が実に絢爛豪華で
別名・動く陽明門、といわれる事にもしびれてしまう方が大半ではないでしょうか。
ところがここに大変な問題が。
実は秩父市秩父神社の秩父夜祭(ちちぶよまつり)は
京都祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭の1つに数えられ
江戸時代の寛文年間(1661〜72)に遡る記録があり、300年余りの歴史があります。
そしてこちらも別名"動く陽明門"どころか何せ夜祭ですから屋台の提灯の賑やかな事、
更には別名"動く不夜城"とも言われているそうです。
ですから、あっちがその気ならこっちもその気、今度からは
高山の屋台も夜は別名でいきましょう。
ただしディズニーランドのシンデレラ城でもあるまいし、
動く不夜城、ということばはどう考えてみても可笑しいのです。
おそらくは秩父市でも誰もが語るわけでなし、一部のお好きな方
ではないでしょうか。飛騨高山の屋台の場合ですが、
ズバリ、一晩みていても見飽きない屋台・いざとし屋台、などはどうでしょう。
ところがまたまたここに大変な問題が。
実はおそれいりやの鬼子母神、飛騨市(=旧吉城郡古川町)の古川祭の屋台も、動く陽明門と
のたもうていらっしゃいます。
飛騨市民は高山市が日本三大祭、動く陽明門、の言葉を持っているのが
どうにもこうにもうらやましくてしかたがないのです。
がしかし、古川祭りを足して日本四大祭りというわけにもいかないけれど、
動く陽明門の言葉くらいは使ってもかまわないだろうというさもしい考えです。
高山市民が動く陽明門という言葉を固有名詞としてお使いになるのは
自由ですが、我々飛騨市民は動く陽明門を一般名詞として使います、という了見
なのですね。
話は飛びますがこの点、犬山市民は見識が高いと私は考えます。
同市にも実に立派な屋台があり、
さるネット記事では"高山の動く陽明門に負けじおとらじ"と書いておみえです。
飛騨市民の方々へ、所謂、背伸びをし過ぎてはいませんか。
犬山市民に習って"古川の屋台も高山の動く陽明門に負けじおとらじ"と
書かれては如何でしょうか。
この際は佐七が高山市民に代わってハッキリと申し上げましょう、
秩父はいざ知らず岐阜県内におきましては
高山市以外には動く陽明門は存在しません。
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