大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

語頭のモーラの脱落で地獄を見たお話

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私:語源学の面白さという事で引き合いに出されるのがバリカン。
君:床屋さんの道具ね。どうして?
私:バリカンの語源にお気づきになったのが金田一京助先生。
君:東京帝大の国語学教授。アイヌ語の大家ね。若しかしてアイヌ語?
私:そんな事、あるわけないでしょ。フランスの会社バリカンから来ている。これを突き止めるのに三年かかったそうな。有名な話だ。
君:ほほほ
私:後日談もある。先生は息子の春彦先生に諭した。語源の研究だけはやめておきなさい、恐ろしい世界だから、報われるとは限らないぞ、とのお言葉。
君:なるほどね。でもたまたま突き止める事が出来て本当によかったわね。
私:そう、よかった。今日はこれに関連して語源学の難しさをご紹介しよう。早速に実例だ。
君:ほほほ、飛騨の俚言・がで(分量)、でしょ。当サイトの序に書いている言葉ね。
私:その通り。気づいてしまえば何てことはないが、ツカヒデ、という音韻から語頭のツが抜けてしまったんだ。でも現実は、というと、何というモーラが脱落したのか不明なわけだから、となると辞書を調べるにしても全単語にあたらないと語源は見つからない。飛騨の俚言となると流石に外来語は関係ないだろう。和語辺りの可能性が高い。広辞苑及び手元の古語辞典全ての全単語を見る覚悟が必要だ。
君:語頭のモーラの脱落ということは、たった一つの原因で説明ができるわね。
私:勿論。答えを一言で、アクセント核がないから。逆に言えば、ソシュール学でいう通時論の考えではアクセント核の音韻が脱落することなど、おおよそ考えられない。
君:つまりは、がで、の音韻の語頭ガ、で始まる語源候補がない以上、何か失われたモーラ+がで、という言葉が語源であろう、と推察するのよね。
私:その通り。何個のモーラが脱落しているかも不明だ。とりあえずは、あがで・いがで・うがで・・・と内省してみるが該当なし。
君:ほほほ、もう一度、気を取り直して同じ思考実験を行い、つがで、のところに差し掛かった時に突然に、使い出、がひらめいたのね。
私:要はその通り。ただし、使い出の音韻がガデという音韻に変化した、という証拠は何もない。でも続いての実験は簡単だ。
君:実験?
私:思考実験ではなくて実践の実験。朝からひたすら、ツカイデ、を繰り返し繰り返し唱えてみる。舌がもつれ、頭がおかしくなるまで唱え続けるんだ。
君:ほほほ、大げさね。でも、そうした努力が実って、ツカイデ、が、いつの間にか、ガデ、になっていたのでしょ。
私:まさにその通り。従って、ガデの語源はツカイデであるとの結論に達した。
君:でも、それって証明というかしら。
私:まあ何とでも行ってくれ。日本語のアクセントの変化、音韻の変化には規則というものがある。金田一春彦先生の著書はかなり読んだ。ツカイデが語源であろうという僕の主張は何から何まで成書と矛盾しない。
君:それに方言は口語の文化、文献が沢山あるわけではないし、語誌的に実証するのは不可能よね。
私:その通り。第一に、現代においても、また過去においても方言学の学者と呼ばれる先生は沢山いらっしゃったが、いったいどなたが飛騨の俚言について興味をいだいておられたというのだろう。おそらくおられまい。
君:この際は佐七が頑張るしかないと。
私:その通り。金田一京助先生はバリカンの語源を突き止めるのに三年かかった。この事はよく知っていた。だから、僕も先生に倣って少なくとも三年は、がで、の語源を考え続けようと思った。それだけの事。実際には一年で結論がでた。いや、一年という期間が問題なのではない。とにもかくにも努力が報われて結論が出た、という事がうれしいんだ。これは僕にしかわからない僕だけの世界。ただし、僕がハッピーでこのような文章を世界に発信出来る事で、この駄文をお読みになった方々もハッピーなお気持ちになられたらな、と願っている。
君:まあね。ではおしまい。
私:締めくくりにもうひとつ、飛騨の俚言動詞ゲバス(自サ五(自動詞サ行五段))についてお披露目しよう。
君:失敗する、という意味ね。
私:これの語源はカケハズス。日葡辞書に記載がある。ゲバスはカケハズスの語頭のモーラ・カが脱落した言葉だったんだよ。ケハズスがゲバスになった。
君:下馬する、が語源というのが流布しているわね。
私:それは飛騨の都市伝説みたいなもので、国語学・音韻学に無知な人達が勝手に想像している民間語源。下馬するはサ行変格活用(サ変)だが、げばす、は五段活用。つまりは、下馬する、という説は活用が異なる時点で語源としてはアウト。
君:確かに。下二が下一とか、上二が上一とか、ナ変が五段とか、日本語の活用の変化の歴史は高校レベルの問題で、サ変が四段になったのかも、と考えるようでは高校の期末試験ですら欠点だわね。
私:要は幼稚な考えだが、僕も人間、つまりは民間語源呪縛の気持ちはわかる。ただし学問的には明らかに間違いだ。つまり真実ではない。カケハズスが語源である事は日葡辞書が動かぬ証拠。ゲバスの語源に出逢えてうれしくて仕方ない。でも、これを知るのに実は十年かかったんだよ。
君:ほほほ、純情ね。つまりは佐七君は人生をかけて全てのの飛騨の俚言について語源の謎解きをするつもりなのね。
私:勿論ですよ。こんなこと、僕がやらなくて誰がやる。諦めたらだめ、事件の迷宮入りは許されない。正義の味方はホシを挙げるまで何十年かかっても追い続ける。大西佐七こそそんな飛騨の代表だ。
君:飛騨一番の馬鹿の一徹ね。ほほほ

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