大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

サ行イ音便・その2

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私:方言は急激に衰退しつつある現在、国研地図の第2集―活用編1―(1991年刊)第92図「出した」などは貴重な資料で、これが勿論、国内で唯一の資料なので、研究者はこの地図を引用して議論を進めるのが常套手段だ。
彼:おや、そうですか。明治政府が標準語を定めるために全国の方言調査をなさった時に、同様の地図が作られませんでしたか。
私:ははは、鋭いね。その通り。東西境界の発見は国語調査委員会の「口語法調査報告書」1906年(明治39年)の口語法分布図外観をもって嚆矢とすべきだね。上記の国研地図は最新版という訳だ。でも東西境界については明治も、昭和もほとんどかわらないんだ。方言というのは結構、頑固な存在であるとも言える。
彼:サ行イ音便の東西対立も変化なしですね。
私:まあね。今日はもう少し突っ込んだ議論にしよう。上記の国研地図だが、大雑把に見てどう思う。東西対立かい。
彼:いや、そうではないようですね。日本が二分されているというパターンではありません。
私:そうだね。東西対立と言うにしては二つの点で問題がある。★西がサ行イ音便とは言え、肝心の京都市内と大阪がサ行イ音便じゃないという事、★東がサ行イ音便ではない地方とは言っても近畿よりも圧倒的に関東に近い静岡県全域が実はサ行イ音便、この二点に集約されると思う。
彼:糸魚川・浜名湖線から東に大幅にはみ出しているという事が、そもそも、果たして東西対立と言えるのか、というのはどうでしょう。
私:おっ、素晴らしい。大賛成だ。つまりはサ行イ音便は典型的な東西対立ではなく、なんとなく東西対立っぽい、程度だろう。
彼:1906年(明治39年)資料も同じだったのですね。サ行イ音便はなんとなく東西対立っぽい。
私:ああ、同じだった。「東西方言の境界」「糸魚川・浜名湖線」は発見されたが、★ハ行四段連用形ウ音便「払った・払うた」、★形容詞連用形ウ音便「寒く・寒う」、★打消しの助動詞「ない・ぬ」★指定の助動詞「だ・じゃ」、★一段動詞命令形「起きろ・起きよ」、以上の五点につき明確な東西対立がある事が確認された。結局ははっきりとした東西対立がない、と結論付けられた項目は、★意志の助動詞「受けよう・受きょー」、★使役「読ませた・読ました」、★未来(意志・推量)「べーの有無」、★サ行イ音便「出した・出いた」、以上の四点は傾向はあるもののそれほどの対立は無い、と結論付けられた。
彼:ははは、わかりました。狭義の東西対立は、ハ行四段連用形ウ音便、形容詞連用形ウ音便、打消しの助動詞、指定の助動詞、一段動詞命令形と言う意味ですね。
私:うん、この事は覚えておくべき重要知識だね。だから今日のお話は広義の東西対立について。
彼:そうか。広義の意味の東西対立たるサ行イ音便ですね。一番のネックが京都・大阪がサ行イ音便じゃない、という事ですよね。
私:ははは、心配なく。実は昔の京都はサ行イ音便だったんだ。つまりサ行イ音便は京都で始まり、静岡県まで広まった。
彼:なるほど時代も大雑把に類推できそうですね。平安末期あたり、或いは中世ですね。近世には近畿方言からサ行イ音便は消失しているのでしょ?
私:いい勘しているね。日葡辞書には少なくとも「ダイタ」の記載は無い。中世・室町あたりに既に著しく衰退してしまったんだ。
彼:衰退といっても、サ行イ音便をやめたという事は元々の言い方に戻ったという事じゃないですか。京都では上古「だした」中世「だいた」近世以後は再び「だした」ですか。
私:ああ、その通り。先祖返りしてしまったという事だ。但し京都を取り囲むようにサ行イ音便が残っているし、サ行イ音便は箱根を超えて関東には伝わらなかった、という事。
彼:箱根を越えなかった事は合理的な説明だと思いますが、先祖返り説はどうも納得がいきません。
私:そうだね。サ行イ音便は京都においてホンの数世紀だけ流行ったという事なんだが、多分、こんな事じゃないかな。ヒントは有声音・無声音。
彼:有声音は声帯の震動を伴う音で無声音はヒソヒソ声ですね。
私:うん。そして有声音よりも無声音のほうが話しやすい。言葉は常に話しやすい方向へと変化していく。
彼:・・・。ふふふ、わかりました。上古「だした」は有声音、子音の脱落でサ行イ音便「だいた」はより話しやすい、ところが「だいた」よりもっと話しやすい形式がある事に人々が気づいた、それは「だした」の「し」を無声音にする事、というわけですね。
私:その通りだと思う。中世に人々はサ行音を無声音で話すと簡単・省エネ・聞きやすいし話しやすい、という事に気づきこれが定着、現代に至るという事じゃないかな。古代の日本語は有声音ばかりだったのでしょう。ステップ・バイ・ステップで言いやすい音韻を見つけていった京都語。関東では「だした」から「だした」への変化だが、実は「し」の音韻の有声化から無声化への変化があったんだろうね。
彼:証拠が無いですね。
私:無い。思い付いただけ。能など現代に伝わる中世の音韻などから何か分からないかしらね。
彼:月並みな発想ですね。もう少し、知恵を出いてください。ぶっ

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