飛騨方言では動詞未然形に古語に由来する言い回しで、
〜むとす、から派生した言葉があります。のまず、
と言えば飲まないという意味ではなく、のまんとす、
つまり、飲むでしょうよ、という意味ですね。例えば、
あいつぁ酒ずきやし、今日ぁ車おいできたで
そりゃのまず。
彼はお酒好きだし、今日は車を家に置いてきたので
そりゃあのむでしょうよ。
つまり、のまずくわず、といえば飢え死にするよという
意味ではなく、飲んだり食ったりするでしょうよ、という
意味になります。うふふ。
要は推量の助動詞・むず、が打ち消しの助動詞・ず、と
混同されやすい点を突いたレトリックという事ですが、
飛騨方言では形容詞でも同じ修辞学が成立しましょうね。
例えば、佐七が遠く故郷の方向をみやって飛騨方言で、
乗鞍は、はやしろからずも。
とついいってしまいます。意味は、乗鞍は既に白いだろうなあ、
です。つまり飛騨方言においては
形容詞未然形は動詞と同じく
共通語の形容詞活用(かろ.かっ.く.い.い.けれ)
ではなく古典のク活用を用いているのです。
古典のシク活用も勿論、用いられます。
白鳥は悲しからずや、といえば飛騨方言そのもの、
白鳥は悲しいのだろうね、という意味です。
それでもさすがに飛騨方言でも形容詞連体形は共通語と同じです。
白い乗鞍、と言います。白き乗鞍とは言いませんね。
飛騨方言では形容詞の未然形は古語文法の
ままの姿で活用している事の説明はむしろ簡単
と言えましょう。要は古い言い方、骨董品的
価値がある、という事です。
がしかし飛騨方言の形容詞は古語の連体形が消滅して
結局は終止形と同じになってしまいました。
この現象がむしろ疑問ですが、国語学では解答が出ています。
つまりは飛騨方言の形容詞連体形は共通語と同じ運命を
たどったという事になりますが、別の紙面に書きましょう、
請うご期待。
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