大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 古代 |
わご(和語、倭語) |
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私:表題だが、どう思う。 君:これが国語問題だとすれば、意味が異なります、が答えね。同意語です、では問題とは言えず。 私:まあそんなところ。魏志倭人伝では日本の事を倭国と呼んでいたのだから倭国の言葉が倭語、倭国の人が倭人で、大和の国の言葉が和語、大和の人々が大和人といったところか。でも倭人と大和人は同じ人種。従って倭語と和語の差は僅差なのではないだろうか。 君:ちょっと待って。日琉祖語はどうなったの。 私:そうだね。本土方言と琉球方言は文法語彙が近似し同一の祖先語から分離した事が判っている。本土方言は和語といってもいいから、倭語とは日琉祖語と同意と考えていいのだろうか。 君:はぐらかさないでよ。 私:はっきりしている事だけを。魏志倭人伝に倭の漢字がある。倭人がいて倭語を話していた。ところで倭人は朝鮮半島の南部に住み、日本に移り住んだ海洋民族といういう事が判っている。従って倭語は古代朝鮮語のひとつと考える事ができる。Peninsular Japonic 半島日本語。これに大陸倭語という仮称を付けた研究者がいらっしゃる。ヤレヤレ 君:古代朝鮮語の人々が海を渡って日本に移り住み倭という独立国家を樹立したのね。その時点から日本で話される言語を倭語というようになった、という事ね。 私:どうもそうらしい。それまで日本に住んでいた先住民は各地の部族ごとに独自の言語を持っていたのであろうが和語としては残っていない、というのが定説のようだ。先住民とは氷期に大陸と日本が地続きに近い状態に歩いて渡ってきた人々。 君:地続きに近いとは? 私:サハリン・北海道は大陸の半島(古北海道半島)だった。九州・四国・本州は地続きで朝鮮半島に近接したひとつの島(古本州島)。南西諸島が問題でトカラギャップとケラマギャップという海域が存在した。古琉球諸島は陸域がかなり大きい島嶼地帯。日本湖という言葉もあるが古来から海。人の行き来は自由だったのだろう。 君:目の前に島が見え、小さな船で行き来できたのでしょうけど、言語・文化が異なっていたでしょうね。 私:勿論だね。それに古北海道半島内部でも言語が分かれていただろうし、古本州島も古琉球諸島も然り。これが元祖の日本語方言だったわけだ。 君:それにしても遅れて日本にやってきた海洋民族・倭の力が勝り、先住民文化・言語が消滅したのね。可哀そう。北米インディアンと同じね。白人支配の前に成す術も無し。 私:倭国は南西諸島にも勢力を伸ばし、太平洋の島々・伊豆七島にも進出して八丈方言が完成した。南西諸島の言葉は本土方言とは似ても似つかぬ言語となり現在の琉球方言に至る。 君:古代朝鮮語たる倭語が一番古くて、続いて日琉祖語、これが和語と琉球方言に分かれたという事かしら。 私:大雑把に言うとそんなところ。一番の問題が、倭語の定義というものが、つまりは、明確な記載が無いという事。その一方、和語の定義はどの教科書にも書いてある。簡単に言うと上古の語彙から漢語等の外来語、借用語を除いたものが和語だが、より厳密には次の通り。まずは和語の語基は十種類に分類される。四種が自立形式といわれるもの。ひとつは春、秋、日、月、山、川等。続いてあわれ・まれ・わずか等の凖体言。三つめは書き、起き、き来、し為、等の和語動詞連用形。そして、すぐ・つい・ただ等の自立して副用言になるもの。残る六種類だが、結合形式あるいは拘束形式ともいい、小接辞を伴って各種の語に派生するもの。例えば、たかし高、しずか、ひとつ、こそあど、いかに、どんな、が代表語。 君:和語をもって日本語のはじまりと考えたらどうかしら。 私:それじゃあ沖縄の人々が黙っちゃいないし、我々のご先祖様ははるばる朝鮮半島からやってきた事も事実。 君:第四間氷期のお話ね。 私:そう。氷河期に大陸と陸続きになってやってきた元祖日本人は、倭人の出現と共に次々に消滅した。 君:縄文人が弥生人に滅ぼされたのかしら。 私:それはどうかな。同じ人類。つまりは民俗としてひとつになったという事。東洋に於ける人種のるつぼ、倭国そして大和の誕生。 君:どうやら縄文語が倭語に駆逐されたようね。でも幻の縄文語の書籍も多いわよ。ほほほ 私:アルタイ語族という言葉もあるが割愛。ゴメンネ 君:北方系かしら。 私:ひとつはっきりしている事は言語は人が運んだという事。大陸から人の移動と共に日本列島に輸入された。そしてその言語は日本列島の隅々に行き渡った。つまりは大和政権の支配が北海道を除く日本列島全体に及んだ。 君:言語は大陸からのみ運ばれたのね。日本国内で自然発生したのではなくて。 私:その通り。南方、ポリネシアからという荒唐無稽説もある。 君:ヤシの実説とでも言えばいいかしらね。古代人が大航海はしないわね。ほほほ |
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