大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
かわいらしい・かわいそう |
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別稿・「かわいい」の通りですが、飛騨方言も古語も「かわいい」は「かわいそう」の意味で同じです。勿論、飛騨地方でも「かわいらしい・かわいそう」は普通に使いますし、飛騨方言「かわいい(=かわいそう)」は年配者しか話さない言葉、ほとんど死語に近いかも知れませんね。という事で本日の話題ですが、「かわいらしい・かわいそう」が飛騨で話されるようになったのはどの時代からなんだろうという疑問です。答えは明治の文明開化あたりでしょうね。飛騨と中央の人の行き来が盛んになるとか、新聞等のマスコミの影響などによるものでしょう。あるいは明治の初等教育国策、つまりは日本から方言を撲滅し東京語を日本語と定め、西欧列強に並ぶ文明国の仲間入りをしよう、という事で、飛騨でも学校教育の場で「かわいらしい・かわいそう」が教えられたのかもしれません。 という事で本日の話題ですが、別稿の通りですが、日葡辞書にある言葉は「かわいい」だけです。繰り返しになりますが、日葡辞書には「かわいらしい・かわいそう」共に記載はありません。明治時代の人々は「かわいい」という言葉に可愛い・可哀そう、の二つの意味があるのはとても使いづらいと感じてしまったのでしょう。 折角なので、語源に迫りましょう。「かわいらしい」の語源として考えられるのは「かほ」+「ゆらし揺」、これを語幹ととらえて「かはゆらし」をシク活用したという事でしょうね。つまりはお顔をニッコリと揺らす事、つまりはニッコリ会釈の仕種が可愛らしいという辺から来ていると考えれば当たらずと言えども遠からずでしょう。明治中期の国語辞書・言海に初めて「かはゆらし(愛すべし)」の記載がありますので、明治の東京人の発明した言葉という事が判明しました。「かはいさう(だ)」の単語が出現するのも言海です。「かほ」「はゆし」「さう相」「であり」という事で、素晴らしい発明と申しますか、体言「さう相(=様子)」を挿入して「可哀そうだ」という形容動詞を発明したのです。かくして「かほはゆし」が原義ではあるものの、「かわいらしい・かわいそうだ」という、品詞も違えば意味も正反対という、全く異なる二つの言葉に分離されたので、同音衝突問題は避けられ、明治の日本人にあっという間に受け入れられたという事なのでしょう。瞬く間に全国に広まり、「かわいい(かわいそうだ)」は飛騨を始め全国の限られた地方での方言となってしまった、という事のようですね。 せっかくなので、「かわいらしい・かわいそう」の言葉が生まれる背景を考えてみましょう。ヒントはやはり古語辞典にあります。「ゆら」「ゆらかし」「ゆらき揺」「ゆらへ揺」「ゆらゆら」「ゆらら」「ゆらり」辺りが古語辞典に記載がありますが、共通する意味が存在する事に私は気が付いてしまいました。要は、おっとりとして、優美で、平和で、思わず胸キューンの感情です。つまりは目と目があった彼女に会釈されてしまう事、つまりは彼女のお顔が「ゆらく」事に対して男性がいだく感情が「かほゆらしい」という事なのでしょうね。 片や、「かわいそうだ」の「さう相」ですが、活用語の連体形に添えて推量の意を表す接尾語です。つまり「かわいそうだ」と言う言葉は、遠くの彼女を見て、(あれあれ、様子がおかしいぞ、若しかして男女の別れですかね、あれでは彼女が)「かわいい(見るに忍びないほどに悲惨なお気持ちでいらっしゃる)」「相だ(と言う風にしか僕にはみえないな)」と感じてしまう事が「かわいそうだ」という言葉なのでしょう。 まとめ 同音異義語「かわいい顔映し(愛・哀)」は明治になり東京で形容詞「可愛らしい」と形容動詞「可哀想だ」に分かれて全国に広まった。 『潮来笠』は1960年7月5日発売ですから、私が七歳の時の流行歌です。飛騨の寒村で貧しい農家のこせがれとして生まれてしまった私ですが、ラジオの電源を入れればこの歌が流れてくる、というような時代で、私の脳裏に焼き付いている流行歌で、我が人生のソウルミュージックです。大好きな歌なので今は下手ながらもクラシックギターで弾いています。映像の最初に出て来る男女の出会いの場面、つまりは渡し舟の彼女がニッコリと微笑んで会釈するのが「かわいらしい」、そして映像の最後、男が何か訳を告げて去っていく場面で、身じろぎもせず一人残されて男の後姿を見送る女性って・・・「かわいそうだ」と感じてしまった私でした。いつまでも色あせない青春の想い出、あなたの人生にもこのような一コマがきっとあったのでしょう。ところで映像の女性ですが、若しかして小桜純子?女性に必要なものは笑顔。女は愛嬌、男は度胸。 |
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