大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

飛騨方言における"ら抜き言葉"と"れ足す言葉"

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ら抜き言葉(例、逃げられる>逃げれる)とれ足す言葉(例、読める>読めれる)については若者の言葉の乱れとして各種の調査研究があるようですが、代表的なネット情報をふたつ、ら抜き言葉は東京外国語大学外国語学部教授井上史雄氏の若者言葉を”科学”する、れ足す言葉は駒澤大学・駒澤短期大学国文科 情報言語学研究室のことばの大河などをご参考までに。ら抜き言葉の歴史は同記事によりますと
100年近く前から、方言として存在していました。例えば1878年生れの文法学者が、出身地静岡の方言で「逃ゲレル、受ケレル、といふなり」と明治時代に書いています。過去の文献や実態調査を元に考えると、どうやら「ら抜き」は中部地方や中国地方で生れ、その後じわじわと全国に広がったようです。
との事、飛騨方言の歴史もこの記載に準ずるのでしょう。一方、れ足す言葉の歴史は
大正末年以前に生まれた人からの聞き取りに基づき国立国語研究所がまとめた「方言文法全国地図」では、長野、山梨、静岡、高知、岡山、大分で使われていた。井上さん自身が83年に行った中学生調査では全国に拡大、聞いたことがない層は少数派になった。
だそうです。つまりはれ足す言葉はら抜き言葉に比し明らかに歴史は浅く飛騨方言においても戦後からの言い回しかも知れない、という事ですね。筆者は昭和二十八年生まれで、高校卒業まで地元・高山界隈で生活していたのですが、ら抜き言葉を飛騨方言として抵抗なく話せますが、れ足す言葉は(コホン)話しません。飛騨では、戦前戦後生まれの中高年以上の話し方が筆者に同じかも、平成生まれなどの若い世代が両語を話しているのかも、と筆者なりに推察します。

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