大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

屋号も方言

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方言というのはその土地伝来の言葉で歴史もあり、全国どこを探してもそこにしかない、所謂無形文化財なのだから大切に伝承していったほうがいいに決まっていましょう。まさか異論を唱える方はいらっしゃらないでしょう。方言に留まらず、地名がそうです。別稿に地名こそ方言であるという片思い、平成の市町村合併に物申す、住所こそ方言です!を書きました。

早速に本題です。私のペンネーム佐七が屋号であることを改めて紹介しますが、私の村では一戸とて屋号の無いご自宅は無く、またどんな品詞よりもこの固有名詞を一番よく使用するわけですので、実は大西村の方言においては固有名詞・屋号こそが最重要品詞なのですね。

狭い村とて分家する事もありますので、そうしますと新屋号の誕生です。これが実に簡単なルールで世帯主の名前(苗字ではありません)に"さ"を付加するのです。飛騨方言では、敬語・さん、の代わりに、さ、です。つまり分家の世帯主が山田太郎氏であると屋号はたろうさ、になります。

でも若し村に既にたろうさ、の屋号の別宅があればどうなるのでしょう。この場合も簡単なルールです。新しいたろうさ、は何かひとつ短めの形容詞句をつけるのです。例えばしんたろうさ(=新)、大工たろうさ(職業)、かみのたろうさ(場所)、などです。あるいはこの場合、旧家のたろうさ、は、きゅうたろうさ、しょうやたろうさ、しものたろうさ、などと昨日までの屋号を突然にリネームされてしまうはめに会う訳ですね。

もう一つのルールは、ま、を付加する事です。上記例ですが、たろうま、でもよいわけです。お察しのよい方には言うまでも無い事でしょうが、たろうま、とは、太郎様、の意味です。更には、飛騨方言では屋号に決して、どん(=殿)、は用いません。たろうどん、という屋号があれば、それは飛騨地方の屋号ではありません。また言い間違い、聞き間違いを嫌って村で、たろうさ・たろうま、の二軒の屋号が語られる事はないでしょう。

私の家の中興の祖、佐七氏も勿論、当初はさしちさ、あるいはさしちま、と呼ばれていたのでしょう。時代は流れいつしか村人は我が家をさしち、と呼び捨てするようになりました。ひとつにはどこの家の屋号にも、さ、を付加するのは面倒くさいという事なのかも知れません。

がしかし実際には村には、さ、の付く屋号の家もあります、たとえば、ゆうきちさ。つまりは、ゆうきちさんのご自宅はまだまだ歴史が浅いのです。つまりは中興の祖、ゆうきち氏を知る人がいる限りは故人・ゆうきちに敬意を払って、さん付けで呼ぶというわけです。何世代かの後に、村人の誰もがゆうきちさんの事を何も知らなくなると、やはり屋号はいずれ、ゆうきち、になるでしょう。つまりはさしちは旧家であり、ゆうきちさ、は近代の屋号という事のようです。

ところで、村に、こうやさ、という屋号があります。ところがこの屋号はその家の中興の祖のお名前、例えば耕也さん、ではありません。紺屋(こうや)の白袴、つまりは染物屋さんという意味なのです。縄文時代の遺跡が至る所に見つかる当地方に於いては、明治時代などというのはついこの間の事になります。何から何まで自給自足の生活が明治時代まで延々と続き、村々に一軒ずつ染め物屋さんがあってもおかしくありません。さていずれ将来こうやさ、の屋号はこうや、になるのでしょうか。答えは否、現在すでに実は、こやさ、になっていました。という事でしゃみしゃっきり。

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