大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

ABAB型分布

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私:全国の方言の分布の規則性を考える事を方言区画論というが、狭義の意味では、旧藩別のグループ化の意味で用いられる事が多い。もう少し広義に考えてみると、あらゆる分布パターン。いろんな規則というものが見えてくるが、有名なのが東西対立とか周圏分布だね。これをABの二文字で表現する事もあるようだ。
君:東京と大阪の違いが東西対立という事でこれはAB型分布ね。
私:その通り。では周圏分布はどう?
君:CBABC分布じゃないかしら。
私:いや、CB・BCは化学でいう所の鏡面異性体の意味だから畢竟、ABA分布と表現できる。

数学ではフラクタル理論だ。

君:なるほどね。年輪は中が古く外が新しい、これの繰り返しというわけね。だからABA。
私:そういう事。それともう一点、東西対立以外に南北対立というものもある。つまりは太平洋側と日本海側の対立だ。これの表現は?
君:これもAB型できまりね。
私:その通り。日本の方言分布AB型には東西対立と南北対立の二種類があるというわけだ。ところで、先程あれこれ調べていてABAB型分布の記載が目に留まった。
君:例えば九州と関東が同じ語彙で、中国四国と東北がこれまた同じ語彙、というような分布という意味かしら。
私:まあそんなところ。ABAB型分布の代表が舌(シタ・ベロ)とか、 襖(フスマ・カラカミ)。何から何まで書くわけにもいかないので今日は舌(シタ・ベロ)のお話でも。
君:地図があるのね。
私:ああ。国立国語研究所・日本言語地図117した(舌)
君:なるほど、日本列島の西から東へ、青赤青赤青。青が「シタ」の地方で、赤が「べロ」の地方なのね。
私:僕は教科書なるものにはいつも懐疑的なんだよ。
君:何よその言い方。ABAB型分布は幻想であるとでも言いたいのかしら。
私:まあ、何とでも思ってくれ。僕は権威を嫌い、群れを嫌い、ひとり自分の前頭葉のみを信じ孤独を愛する人間、その名も Dr. X ならぬ Dr. Y。
君:それはいいから、論点を手短にお願いね。
私:はいはい。青森県、飛騨、京都、長崎、鹿児島で舌「した」というのはなぜだろう。
君:からかわないでよ。舌「した」は古語、しかも和語、共通語だからよ。バラバラの地域で偶然にも言葉が同じという意味ではなく、大いに地域関連性あり。大和というひとつの国。ひとつの国にひとつの言葉。
私:その通り。舌「した」は重要な和語、然もたったの2モーラ。舌「した」の方言量は少ない。国研地図は63もの音韻資料となっているが、ザクッとみると「した・ぺろ」の2語に集約される感じ。ところで質問だが、「した」と「べろ」はどちらが古い?
君:答えは既に書かれているわ。「した」が和語だから、「べろ」は新しい言葉。
私:その通り。オノマトペの「べろべろ」から来ている事は書かずもがな、角川古語大辞典の引用をみたところ、近世語だ。つまりは「べろ」は「した」に比し圧倒的に新しい言葉。然も日葡辞書にも言海にも記載は無い。江戸語「べろ」だったが、明治政府が江戸語を捨てて和語「した」を標準語と定めたのは賢明だったと思う。
君:古代からABAB型分布じゃなかったのね。
私:君とは本当に気が合うな。関東一円で「べろ」なのは江戸の影響だよね。そして中国・四国・九州東部にも強烈な共通項がある。
君:ほほほ、海ね。瀬戸内海と豊後水道。
私:そう、海に道があったに違いない。
君:かくして古代から中世あたりまで全国的に「した」であった言葉が江戸時代のホンの一時期に江戸界隈と瀬戸内界隈で「べろ」になったというわけね。
私:まあ、そんなところだな。これがABAB型分布(舌)のカラクリ、というか、ABAB型分布という幻想。僕に言わせれば「その他の分布」。
君:教科書には、そのようなドギツイ表現が無いという事ね。
私:ABABの文字を見た瞬間に、うそでしょ、と思ってしまった。
君:それはともかく古来から全国的に「した」だったのに、「べろ」の分布が二か所で偶然に、然も突然に割り込んできたという事で間違いなさそうね。ほほほ

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