大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 方言学 |
サ行イ音便 |
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私:今日はサ行イ音便について、ざっくりとしたお話をしたいと思う。飛騨方言におけるサ行イ音便に関しては既に幾つも書いている。 等々。他にも沢山、記事を書いたが割愛させていただくとして、このように飛騨方言愛好家たる僕がサ行イ音便について調べものをしたり書いたりする一番の理由は何だと思う? 君:飛騨方言の特徴を端的に表す文法・音韻であり、故里の言葉が懐かしいから、という事に尽きるわね。 私:その通り。イ音便なので一瞬、関西系の音韻なのかな、と思いがちだが、実はそうではない。一言で言えば中部地方に特有ともいうべきか。岐阜・愛知・静岡全域と長野県南部が主に話される地方。勿論、近畿、紀伊半島・中国・四国・九州北部も。大雑把に言うと西日本中心だが、長野県南部と静岡全域が含まれることにより、東西境界は明らかに飛騨山脈の東。ただしこれは太平洋側の事。日本海側では富山にサ行イ音便があるが新潟と長野北部には無い。少し奇妙な東西対立。サ行イ音便についての学術論文をお読みになりたいかたは例えば、東北大学公開情報・動詞の音便の方言学的研究―サ行イ音便を中心として―をご参考までに。坂喜美佳先生、まずは学位所得おめでとうございます。 君:156頁。頑張ってお書きになったわね。 私:とても読み切れない。まずは33頁の図の紹介だけで勘弁していただこう。 君:どれどれ。全国のサ行イ音便の分布ね。 私:この地図、つまりは動詞活用の全国分部を見て、パッと気づく事があるよね。 君:例えば、なるほどサ行イ音便は中部地方に集中しているという事かしら。 私:ははは、その事は彼女の論文を読ませていただく前に知っていた事。この文章の始めにすら書いていた事だ。 君:東西対立というような感じね。 私:確かにね。ただし、やはりこれは判り易い例えで言うと群雄割拠の戦国武将図の様相と言うべきじゃないかな。関東、つまりは東京式の動詞活用、というか標準語活用は関東一円・東北を制し、最大の派閥にてこれが東の代表と言えるだろう。しかし中部はサ行イ音便の地方として独立している。残り西半分だが、全て京阪式という訳には行かないでしょう。九州は九州、四国は四国だ。だからつまり動詞活用の全国分布は正に力のあるものがより広い領地を分捕り、そしてお互いが混じり合う事は無い。だから、動詞活用の全国分布は戦国武将地図と同じだな、と僕は直感する。 君:ほほほ、そして動詞活用の全国分布は何故、こんな形に収まったのだろう、という事について、またあなたの妄想を少しばかり書いてみたくなったのよね。 私:その通り。その前に動詞の音便の歴史について、これもサラッとお浚いしておこう。イ音便・ウ音便・撥音便・促音便だが、生まれたのが上代から中世。イ音便とウ音便が一番古くて、続いては撥音便、これは平安中期。そして促音便は平安後期あたりか、つまり最後に出現したのが促音便。撥音便と促音便が新しいという事を示す端的な事実がある。 君:ほほほ、撥音便の撥音便たる所以、つまり平安当初はそもそもが「ん」の表記そのものが無かったのだし、促音便に「ツ」を添えるようになったのは室町からだもの。 私:ははは、そして促音便表記・ちっちゃいツ「っ・ッ」を定めたのは何と1946年の現代仮名遣い則。つまりは現代の促音便表記は戦後からの文化。 君:少し脱線気味だわよ。本論とは言い難いわよ。 私:そうだね。つまりは動詞活用の戦国武将もどきの地図だが、このような形になったのは上代からだろうね。つまりは初めから。言い換えれば中世、近世、近代、現代と変わる事なく各地方で受け継がれてきた結果という事じゃないのかな。 君:つまりは動詞活用の全国分布は東西対立もなければ、方言周圏論的に同心円状でもなく、日本語の歴史の中で相当に古くから、つまりは四つの音便が日本語に出現した時代あたりから各地で独自の変遷を遂げてきたのでは、とおっしゃりたいのよね。 私:その通り。飛騨地方はサ行イ音便だが、カ行は促音便で関東と同じだ。京阪はカ行はウ音便、つまりは中部地方のサ行イ音便は決して関東と関西を足して二で割ったような音韻体系では無い。 君:物事を簡単に考えすぎるのも問題よ。156頁をキチンとお読みにならなければ。 私:そうだね。ただし一言だけ言わせていただきたいのは、歴史的観点に立たなければ決して方言の考察は出来ないという事。 君:荻生徂徠「古の詞は多く田舎に残れり」・南留別志ね。ほほほ |
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