大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 方言学 |
サ行イ音便と助動詞 |
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私:方言に興味をいだいたのは高校一年だったが、さりとて当サイトを始めたのが55歳の時だから、つまりは遅すぎた。 君:趣味なら遅咲きも悪くは無いわよ。若い時は本業に「精出いて」おくものよ。 私:いやあ、咲けばいいが、まだつぼみだ。調べ事が欠かせない。先ほどフッと気づいた事があって、サ行動詞連用形イ音便とはいっても、飛騨方言で接続可能な助動詞って実はたったひとつだけ。完了・過去「た」のみだよね。 君:あなたがよくいう数学での素数問題と同じという事かしら。 私:いやいや、簡単な方法がある。背理法でいこう。正しいと仮定して試しに活用させてみて、内省してセンスに合うか確認すればいいんだ。 君:なるほど。その手があるわ。では早速に具体例をお願いね。 私:うん。まずは口語文法から行こう。文語では助動詞は随分と多いし、時代の変遷という事もあるから少し複雑だしね。口語ではざっと20前後あると思うが、連用形に接続の助動詞は、完了・過去「た」、様態「そうだ」、丁寧「ます」、希求「たい」、この四つかな。センスに合うのが「せいだいた(精を出した)」のみ。「せいだいそうだ・せいだいます・せいだいたい」は飛騨方言としてはナンセンス。以上で背理法による証明が出来た。 君:飛騨方言では「精出いたそうや」「精出いています」「精出いていたい」ならばセンスに合うのよね。 私:その通り。つまりは「せいだいた」の活用+「そうだ・います・たい」でセンスにあうという事であり、「精出す」は直接、「そうだ・います・たい」に接続する事は出来ない。 君:ほほほ、古語についても詳しく議論する必要は無さそうね。完了・過去の「たり」に接続可能であり、他の動詞連用形に接続の助動詞はサ行イ音便にならないのよね。 私:うん、そうなんだよ。動詞連用形に接続の助動詞といってもそんなに多くは無い。圧倒的に多いのは未然形に接続であり全体の半分。続いて連体形に接続だ。洗い出してみよう。まずは上古の助動詞。奈良・平安だと先ずは完了・過去「たり」。「せいだいたり」はセンスに合う。但し完了・過去といえば「つ・ぬ・たり・り・き・けむ」の六つ。「たり」以外はナンセンス。続いては未来・推量・意志「けむ」が連用形に接続だ。ただし「せいだいけむ」はナンセンス。「せいだいてありけむ」「せいだいておりけむ」だったら平安時代の飛騨方言のセンスには合いそうだね。 君:要するに上古の助動詞でサ行イ音便は「せいだいたり」のみ。 私:うん。そして室町・江戸、つまり中世・近世の助動詞だが動詞連用形に接続の助動詞としては、まずは比況・推定・伝聞「さうな・さうだ」。「せいだいさうな(だ)」はナンセンス。完了・過去「たり・た」は上古同様にセンスに合う。希望「たし・たい」はナンセンス。現代語としても「使い果たしたい」とは言うが「使いはたいたい」とは言わない。尊敬「やる」もナンセンス。謙譲・丁寧「ます・まする・やす・んす」もナンセンス。 君:結局は上代から近世に至るまでサ行動詞連用形イ音便に接続するのは「たり」のみ。現代口語飛騨方言でも「た」のみ、という事ね。 私:要はそういう事。それともう一つ、飛騨方言に於いては四段動詞は連用形が全て音便変化する。然も促音便は濁音化せず、イ音便は濁音化するのが普通。例えば「有った・買った・刺いだ・譲り渡いだ・使いこないだ・突き飛ばいだ・騙いだ・燃やいだ・暮らいだ・壊いだ(ハ行転呼+イ音便)」。口語五段も同じだね。 君:なるほど飛騨方言におけるサ行イ音便ですら細かく見れば、あれこれ規則がありそうね。 私:切りがない。僕の頭には何が詰まっているのだろう。 君:なくいでまう(失くしてしまう)前に書く事ね。Sashichi, describe what you are noticing by any means, and then forget it. ほほほ |
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