大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

大野晋

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私:大野先生は既に故人だが、国語学では親しまれたお方では無かろうか。私なりの追悼文としたい。
君:形容動詞に関して、という意味ね。
私:そう。岩波古語辞典の編者として知られたお方だが、巻末には助動詞と助詞の解説が延々と書かれ、そのち密さは辞書本文そのものの面白さ以上といってもいいかな。賢明な読者の皆様にはお書きするまでも無い事だが、敢えて。巻末には続いて動詞、助動詞、形容詞、この三品詞の活用表が掲載されているが、形容動詞の活用、つまりは形動タリ・形動ナリの活用表は無い。
君:つまり大野先生は形容動詞の存在を全否定。でも、どうしてかしら。
私:ふふふ
君:追悼文なのだから、あまり変な事を書いちゃいやよ。
私:僕なりの推察、歴史秘話ヒストリア、という事で、なんちゃって大野晋物語。
君:ところで左七君は形容動詞を認める立場なの?それとも認めない立場?
私:高校古文だが、左七は品詞分解の鬼だったからなあ。俺が認めるわけないぜ。俺は大野先生の信者だ。
君:左七君は大野先生には頭が上がらないのね。
私:そう。そして、その大野先生こそが実は頭の上がらない人物がいた。
君:恩師ね。多分。
私:正解。橋本進吉。東京帝大教授。大野は学生だった。橋本先生は終戦直前、昭和20年一月に急逝なさった。ただし大野は橋本先生に恩義があった。病弱の大野を国語研究室の副手として迎えてくださったんだよ。
君:なるほど大野先生は橋本教授に頭が上がらないわね。
私:学校文法、所謂、戦後すぐの中等文法(口語並びに文語)だが、キーマンがいる。岩淵悦太郎。簡単にひと言、橋本進吉の一番弟子、大抜擢は良かったものの突然に橋本先生がお亡くなりになり茫然自失、やけくそで中等文法をお書きになった。橋本は形容動詞の信奉者。岩淵は恩師を追悼する形で迷うことなく形容動詞の概念を学校文法に組み入れた。
君:岩淵先生と大野先生の関係は?
私:岩淵は大野の14年先輩。
君:あら、大野先生にとっては大先輩じゃないの。
私:いや、両人の恩師、橋本先生は既にお亡くなりになり、帝大は時枝教室になっている。徒弟関係が崩れた、って事。岩淵と大野はライバル同士という人間関係以外の何物でもない。
君:つまりは父亡きあとにやんちゃな弟が兄に形容動詞全否定の喧嘩を吹っ掛けた、って事かしら?
私:そこまで言うか!表現が露骨すぎやしないか?
君:確かに。形容動詞の問題だけに心が動揺しちゃうわ。ほほほ

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