大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

日本最強の形容詞

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私:表題だが、どう思いますか。
君:ひねり問題というわけね。ほほほ、ひっかからないわよ。答えは形ク「つよい強」ではないわね。第一に設問が愚問だわね。日本最強は何をもって定義するのか明示されていないのだから。
私:その通り。わざとそのような設問にした。その意味は、日本語の形容詞で意味が多岐に渡る形容詞をあげなさい、という事。
君:いいから、簡単に結論を言ってね。
私:いや、この件に関する研究は見当たらないようだ。主観を述べさせていただくだけだが、まずは手始めとしては、形容詞は主観表現の形容詞と客観表現の形容詞に二分される。君が恋しい、は主観。君は美しい、は客観。
君:あら、有難う。
私:この事を言いだしたのは時枝誠記だ。古典解釈のための日本文法・至文堂・昭和25。
君:東大の国文学科教授ね。主観表現の形容詞の形容詞のほうが客観表現の形容詞より意味が多いわね。
私:それは誰でも簡単に想像できる。「赤い」に沢山の意味があっちゃたまったもんじゃない。ところが実は日本語の形容詞には主観的表現にも客観的表現にも用いられる形容詞がある。代表例は、こわい、さびしい、すごい。これら三つの形容詞は意味が多岐に渡る点に於いては横綱級というわけだ。
君:なるほど。
私:今夜は初回につき「こわい」について。
君:形ク「こはし」ね。でも古語では、硬い・抵抗感・恐怖感、だいだいこの三つに集約できるわよ。
私:それは古語の世界だ。方言の世界は違うんだよ。小学館日本方言大辞典には「こわい」に26通りの解釈がある。同書は全三巻、語数十万。
君:でも全国各地で全て26通りの意味があるわけじゃないでしょ。飛騨方言では幾通りの意味があるのかしら。
私:土田吉左衛門「飛騨のことば」にかなう辞書は無い。語数一万。「こわい」は10通りの意味がある。
君:ふーむ、飛騨方言ですらとんでもない数ね。それは解釈の困難度に於いては最強の形容詞だわ。
私:その通り。その10通りについて詳説してもはじまらない。要は飛騨方言では自分自身がびっくりした時に、あるいは誰が見てもびっくりする事だろう、という時に「こわい」というんだ。
君:要はびっくりした時の感動詞とでも解釈しておけばいいのね。
私:あれ、こわい。わり(お前)を好きになってなってまって。
君:恥ずかしい、という意味ね。
私:あれ、こわい。わりも好きやって。
君:何と嬉しい、という意味ね。
私:あれ、こわい。わりに嫌われてまって。
君:なんと残念な事か、という意味ね。
私:そう。要するにエースカードだ。どんな感情の高ぶりにも使える形容詞だ。
君:一般的には、良い方向に解釈したほうがいいわね。
私:まあね。飛騨方言の挨拶言葉で「あーれ、こーわいこっちゃ」というのがあるが、大変に恐縮します、の意味とでも解釈しておけば世の中はうまくいく。
君:なんと迷惑な事だ、と思っていても、うれしそうな声色(こわいろ)で挨拶すればよい、という意味ね。ほほほ

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