大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム<

絵巻物で読む 伊勢物語

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私:今日の話題は伊勢物語絵巻十四段(陸奥)のお話でどうでしょうか。飛騨方言のお話ではなく、たまには青森県のお話で。

君:青森の方言「キツ」ですね。
私:その通りです。
君:その前に、全国の皆さまに「キツ」をご説明なさっては。
私:承知しました。この物語に出てくる和歌
夜も明けば/きつにはめなで/くたかけの/まだきに鳴きて/せなをやりつる
にある名詞「きつ」ですが、キツネの古語「きつ」か、あるいは青森方言「きつ(水槽)」か、二通りの解釈がある、という文学上の問題です。古語辞典では両論併記が多いようですね。
君:はっきりしない以上、そう書かざるを得ないわね。
私:私は素人なので自由な発想をしがちですが、青森方言「きつ(水槽)」ではないかと思うのですが。
君:方言学からのアプローチという意味ですね。
私:その通りです。各種方言辞典の記載によれば青森方言では「キツネ」の事を「おんこはじ(上北郡)」、「かせぎ(水戸郡)」の記載がありますが、「きつ」とは言わないようです。
君:ほほほ、青森方言「きつ(水槽)」説が俄然、有利ね。でも陸奥の片田舎にお住まいでも教養ある女性なら都の言葉「きつ狐」はお使いなさるわよ。また、逆に古語「きつ狐」がそのまま現代の方言に残っている地方は無いのですか?
私:そのようなご質問を当然くださるだろうと思っていました。新潟県三島郡、愛知県東春日井郡の二か所です。音韻変化した言葉もあります。「きゃつ・愛知県知多郡」「きつんぼ・愛知県北設楽郡」です。
君:なるほど方言学的には「きつにはめなで」は「水槽に嵌めちゃうわよ」としか解釈できないのね。方言は古語、の確信のもとお調べなさるあなたの生きざまは首尾一貫していらっしゃるわね。
私:単純な発想しかできないのですよ、僕は。
君:「はむ」はどう思いますか。
私:勿論、「嵌む」他マ下二でしょう、「はむ食む」他マ四では理屈があいません。
君:どうしてですか。
私:「はむ食む」他マ四なら「きつ、はまなで」つまり字余り。これを解消するには「きつよはまなで」「きつがはまなで」「きつはめよかし」等。それにね、キツネちゃんが食べるでしょう、なんて悠長な事を言ってる場合ですか。「きつにはめなで」つまりは夜が明けたら辺りも白んでくるから早速に私なりの方法で行動するわ(覚悟なさい、鶏さん)、という意味なんですよ。つまりはこの女性は着実な方法を選ぼうとしているのです。ああっ、女って怖いなぁ。
君:ほほほ、解釈も一本、筋が通っているわね。面白いおかたね。ほほほ
私:ははは、じゃあついでに、この「をとこ」もどうかしてるんだよ。
君:えっ、どうして?
私:ひとつにはね、彼が陸奥の方言「きつ」を知らなかった事。それは百歩譲るとして、問題は彼の早とちり事さ。つまり、・・「きつ狐」を引き合いにして詠むのはいいけど・だったら「きつにはめなで」っていう言葉遣いは無いだろ・文法間違えちゃってるじゃないか・正しくは「きつよはまなで」だろ・教養なさそうで俺の興味じゃないね・俺は清少納言が好きなんだ、と。田舎のイモ姉ちゃんだね、と勘違いしてしまった彼には女性を見る目が無かった。彼女はね、意中のお方にわざとお国言葉でモーションかけたんだよ。自分に興味を示してくださるおかたなら陸奥方言「きつ」くらいはご存知かもと考え、わざとひなの言葉で謎かけの和歌を詠んだのさ。要は女心の東歌。
君:あら、新説ね。じゃあ品詞分解してみてね。
私:人形左七ぁやらいでか。松崎先生の猛特訓を受けた僕さ。名詞「きつ水槽」+格助詞「に」+他マ下二未然「はめ嵌め」+推量助動詞未然「な」+接続助詞「で」、という事で、あの憎たらしい鶏君が、と言う下の句に接続していくんだよね。
君:一応、理屈はあっているわね。「はむ食」の用法は専ら他マ四の文例ばかりだから、そもそもが伊勢にひとつしかない他マ下二。他に確かな用例が無いのよ。という事はそもそもが「はむ食」他マ下二など存在しないと考える人が多いし、あなたの方言学的アプローチもそれの証左ね。
私:ありがとう。ところで 夜をこめて/鳥の空音は/はかるとも/よにあふ坂の/関は許さじ。これも鶏だ。清少納言も怖いね。
君:そうお思いになるのは男の勝手よ。「をとこ」もどうかしてる、って言ったじゃない。あなた、自分の言葉をお忘れね。方言もだけど女心の研究もおやりになってね。ふふっ
私:おっ、言葉だな。この和歌でね、実は大切な思い出があるんだ。
君:あら、なあに?
私:52年前、久々野中学校の京都・大阪・奈良の修学旅行の事さ。「くたかけ」ではなく倉畑といっしょだった。岐阜まで国鉄、バスに乗り換え、大垣から名神で京都へ向かった。逢坂の関にさしかかるやガイドさんが徹底解説してくださった。一字一句聞き逃すまいと説明を聞いたんだ。あの瞬間を今も覚えている。更についでだが、彼女は高速道路に生える weeping love grass 泣き濡れる愛の草の事も語ってくださった。
君:記憶力、いいわね。しきしまの男心をこととへば、男子生徒が美人のガイドさんにほのかな恋心ね。だから実はあなたが忘れられないもうひとつの重要な脳内情報があって、つまりは言葉にはできない画像データ・彼女のお顔でしょ。まさか、食い入るように聞くあなたはガイドさんと目があってしまい、彼女もこの紅顔の美少年に気があるかも、と心がお花畑になってしまったとか。とても純情ね。ほほほ

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