大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 心の旅路

「食べきれやんやん・ホントやんやん」三重方言

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私:実に12年ぶりにこのコーナーに記事を書こう。早速だが三重方言の代表的な文末詞に「やんやん」というのがある。
君:耳にする事もあるし、ラインスタンプにもあったわよ。
私:問題となるのは、どうして「やん」が二つあるのだろうという疑問だよね。
君:疑問に思わない人が大半よ。皆様の認識は単なる可愛らしい文末詞。
私:まずは「食べきれやんやん」を考えてみよう。「食べきれないじゃないですか」という意味だ。
君:つまりは最初の「やん」は動詞連用形に接続し否定の意味、二つ目の「やん」は「じゃないですか」という文末詞ね。
私:その通り。最初の「やん」は否定表現「ない・ぬ」が変化したもの。三重は関西系なので当然「ぬ」。
君:「やん」のうち「ん」の部分は打消しの助動詞「ず」の終止形「ぬ」であるにせよ、「ぬ」に先行する用言は未然形でなくちゃいけないわよ。
私:その通り。だから「や」は未然形の用言という事になるね。ふふふ、つまりは「や」は「やる他ラ四」の未然形「や」である事がわかる。
君:ほほほ、あざやかね。「たべきれやん」は「たべきれやらぬ」から変化した言葉ね。
私:その通り。「たべきれやる」という複合動詞、そして「やらぬ」から子音 r が脱落して「やぬ」になったというカラクリだ。そして「たべきれやぬ」から「たべきれやん」、つまりは「たべきれない」。
君:では、二つ目の「やん」はどのような解釈が可能かしら。
私:ははは、これも実に簡単。最初の「やん」は連用形に接続しているが、二つめの「やん」は打消しの助動詞「ず」の終止形「ぬ」に接続している。これがヒントというか、答えだ。
君:つまりは方言学の基礎知識を活用すれば簡単に謎解きが出来るのよね。指定の助動詞「だ・じゃ」という事でしょ。
私:その通り。関西は「じゃ」、関東は「だ」。そして三重方言は関西系だから、二つ目の「やん」の「や」は「じゃ」に置き換える事ができる。
君:つまりは二つ目の「やん」は「じゃん」から派生したのかしら。
私:いや、それは違う。「じゃん言葉」は戦後に愛知県、特に三河地方から発生した、極めて新しい若者言葉だ。「そうだ」を名古屋では「そうじゃん」と言う。
君:では二つ目の「やん」の「ん」の部分はどのように解釈したらいいのかしら。
私:そもそもが「じゃ」の元の言葉を思い出してみよう。「であり」だ。つまりは二つめの「やん」は「であり」+「ん」あたりが語源である事が丸わかり。いきなり結論だが、「であらむ」から「であらん」、続いて「じゃらん」「じゃん」「やん」に変化した言葉に間違いない。どうだい。
君:つまりは「たべきれやんやん」は「たべきれやらぬであらむ」なのね。「やん」+「やん」は「やらぬ」+「であらむ」が語源だったのだわ。
私:その通り。だから「やんやん」と二つ重ねても言葉の意味、シニフィエは一切、変化していない。僕はただ、ソシュール学説に従って語源を推論しただけの事。
君:でも、「ホントやんやん」が問題なのよね。
私:その通り。「ホントやらぬであらむ」という意味「ほんとですか・うそでしょ」という意味ではないからね。三重方言には「否定」+「やん」という意味の「やんやん」という言い回しがそもそもあったのに、そこへ持ってきて若者言葉として「やんやん」という文末詞、つまりは単に「であらむ」の繰り返し、つまりは「であらむであらむ」という若者言葉が出現したのだろう。現在では「やんやん」は否定文にも、肯定文にも用いられるようになった。会話の流れ、文脈から判断するしかない。例えば「登り切れやんやん」といえば否定、つまりは「のぼりきれやらぬであらむ・私には到底無理で登り切れません」の意味。「うそやんやん」は「うそであらむであらむ・嘘でしょ本当のはずがない」の意味。
君:ただし用言連用形の接続では否定「やらぬであらむ」で決まりよね。「書けやんやん」は「書けないでしょう」という否定文。
私:その通り。そして名詞への接続では肯定「であらむであらむ」の意味になる。「あっ、先生やんやん」は「あっ、先生だ」という肯定文。「あっ、先生やんやんやん」も有りの世界だね。
君:形容動詞は当然、肯定の意味ね。「きれいやんやん」は「きれいだわ」という肯定文。
私:形容動詞の語幹というものはそもそもが体言だからね。「奇麗」は漢語の名詞だ。これが形動ナリ化したというカラクリ。用言連用形「やんやん」は否定、体言「やんやん」は肯定。これが本日の結論だ。
君:それにしてもあなた、全国の読者の皆様が疑問にお思いの事に関してお答えになっていらっしゃらないわよ。
私:えっ、どういう事?
君:あなたは畢竟、男はつらいよ寅次郎、どこかへ旅すると必ずマドンナに強烈な片思い、恋に陥るのよ。最近、三重県へ旅行でもしたの?
私:ははは、それは想像にまかせるよ。仰せの通り、以上のお話は或る女性との会話だ。彼女は尾鷲のご出身。古典にはあまりご興味が無いようだが、僕の方言談義には辛抱強くお付き合いくださるとても素敵なお方だ。生まれも育ちも三重県の彼女には上記の説明を十分にご納得いただけた。ヤッホー
君:道理でね。寅次郎さんらしいわね。事件の陰に女在りと言うけれど、やはり方言の陰にマドンナだったのね。
まとめ
今日の方言四方山話ですが、三重方言の「やんやん」の語義について触れたネット情報、成書の記載はなかなか見当たらなく、この記事が本邦初公開情報の可能性があります。実は事件の陰に「やる」という動詞あり。「思いやる」とか「投げやり」とか、誰もが普段、使っている動詞です。私が一番に興味があるのが方言の語源、つまりは日本語の歴史、と文法・品詞分解なので、少しばかり推論してみました。「意味論」という手法で語源を考えると引き出される結論になりましょうが、若し間違ってたらゴメンネ。

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