大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 心の旅路 |
長崎県警ポスター |
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私:今夜のお話は変わったところで二枚の長崎県警ポスターについて。何れリンク切れ、標語は「守らんば!心に誓ったゆるぎない正義への思い」「五島つばきからのお願い!カギかけんばあんなかよ!自宅や乗り物は慎重に施錠しましょう」。 君:左は「守らねば」、右は「かけねば」の意味ね。「ね」から「ん」、つまりは母音の脱落。 私:撥音便と言ってもいいかもしれないね。 君:演歌歌手・五島つばき、つまり五島列島でも否定の助動詞「ない・ぬ」は「ぬ」を使うのね。 私:実は長崎県は全国一、離島が多い県でその数600、対馬・壱岐・五島以外に無数の島、大雑把には九州方言の下位分類、肥筑(ひちく)方言という。然も島ごとに藩に分かれていたので長崎県は無数の方言亜分類の県だ。勿論、圧倒的に共通項が多い。これを方言学的用語で「海の道」と言う。言葉が島の間を自由に行き来する事の例え。ところで方言学の基礎の基礎、否定の助動詞「ない・ぬ」は顕著な東西対立があり、その境界は飛騨山脈。長野県以東は「ない」、飛騨以西は「ぬ」。富山、愛知、静岡は「ぬ」。長崎県の600の島が「ぬ」である事は書くまでもない。長崎県警が全県下用にポスターをお作りになった事からも明らか。然も「ね」から「ん」も全県的なんだよね。 君:文語の影響かしら。虎穴にいらずんば虎児を得ず。 私:勿論。文語の「ず・ざり」のうち「ず」活用つまり「ず・ず・ぬ・ね」が口語「ぬ」活用の「ず・ぬ・ぬ・ね」に移行したという事。畿内方言は「ず・ん・ん・ね」だから、長崎県では「ず・ん・ん・ん」の活用であろう事も容易に推察できる。 君:つまり仮定形「ん」が長崎県に特徴的。大阪方言より更に音韻変化が進んでいるという事かしら。 私:そう。たかが「ん」、されど「ん」、古来、学者の心を魅了し続けてきた。大矢透、有坂秀世、服部四郎の三人の天才によって数々の謎解きがなされた。僕のような浅学の身にそれらを語る資格は無い。続いては接続助詞「ば」について少し考えよう。 君:文語では未然形か已然形に、口語では仮定形につくのよね。 私:「順接確定」ってのだよね。「ので」「たので」「する時はいつも」「のに」「と」「たところが」等々。 君:「守らんば!」は敢えて「いけない」を省略しているのね。 私:前の部分にも省略した言葉があると思うよ。 君:ほほほ、「たとえ仮にも」「万が一にも」ね。 私:うん。飛騨方言では「んば」は使わないね。「にゃ」、つまりは「まもらにゃ(まもらぬにや)」、平凡な口語表現だ。伝統的飛騨方言は開拗音だが、最近では更に短呼化して「守らな!」「カギかけな!(だしかん)」がむしろ若者が使う飛騨方言だろうね。 君:「カギかけな!」は命令形と勘違いする人がいらっしゃるわよね。 私:「かけろ・かけよ」が命令形だが、「スシ食いな」、つまり勧誘の終助詞「な」からの類推だな。語源的には「カギかけぬにや!(らちあかぬ)」という連語だね。 君:長崎県は「横断歩道は手を挙げて渡らんば」かしら。ほほほ 私:間違った言い方の粗捜しのついでに、「雉も鳴かずば撃たれまい」。連用形だか終止形だか知らないが、「鳴かずば」は明らかな間違いでしょ。「鳴かねば」でなきゃおかしいぞ。 君:ほほほ,仰る通りね。接続助詞「ば」は元々は係助詞「は」から分化したのよ。活用語未然形について順接仮定条件。ただし形容詞及び助動詞「ず」に付く場合はもとの連用形「・・く」「ず」に「は」がついたもの、つまり「くは」「ずは」が動詞に類推して、近世以後に「くば」「ずば」となったものなのよ。既に広く使われているので、お生憎様、誤用とは言わないわよ。 私:なんだそうだったのか。誤用がいつの間にか正当な表現とは、此畜生。 君:左七も知らずば怒るまい。助動詞「まい」の接続は五段は終止、それ以外は未然。ほほほ |
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